重度後遺症裁判35 遷延性意識障害とは
山口研一郎医師 ある裁判の報告からA
平成19年5月24日
 

(カッコ内ドクター見解です。裁判に関わる点のみ記載)
1 余命
 損保が必ず争う点に、余命があります。というのは、センターの統計資料を根拠に寿命を10年ほどとする裁判例があります。『寝たきり者の平均余命』 (某医師著)という損保側本もあります。この問題はかつてトピックでとりあげました(2002年11月8日)。障害者への差別を裁判所がしているケースでもあります。判決や本の利用は、立場の違いがありますので、くれぐれも検討しましょう。医師の利用もです。
 余命に関しては、山口医師の解説に説得力があります。
 『同障害者は、意識が障害されていることにより、本来自力でできるはずの生きていくための行為の多くを他人に頼っている。一見生命力が弱いようにみられているが、看護・介護両面で万全の体制が整えられれば、同障害者の余命は同年齢の健康人の余命とほとんど変わりがない。
 特に頭部外傷患者の場合、本来全身状態は良好なことが多く、いわゆる生活習慣病や成人病などの危険因子をかかえる人は少ない。しかも、規則正しい生活(睡眠や食事)を送り、摂取する栄養や水分も調節され、アルコール摂取や喫煙をすることもない。いわば「最も健康的な生活」を送っていると言えるのである。
 従って、同障害があるから平均余命(寿命)が短いと考えるのは誤りである。よって、リハビリや介護などの問題も残された寿命を十分考慮した上で保障されなければならない。』
 
2 意識障害からの脱却や新たに出来ることに挑戦 
 『全国の脳神経外科医や看護師などの努力により、最近意識障害からの脱却の例が多くなっている。(中略)
 一方、在宅が始まって後、入院中にできなかったことが可能になったケースも多く散在する。たとえば、病院に入院していた間全く経口摂取をできなかった人が、自宅に戻って可能になった例がある。入院中着けていた導尿用のバルーンやオムツが外れ、自力で排尿ができるようになった人もいる。本人をリラックスさせるための入浴も毎週2〜3回は取り入れられている。本人の体をさすったり強く揺すっての「刺激療法」や「ボディソニック」も行われている。』

3 咀嚼・嚥下の重要性
 大変な労力を要する介護に経口摂取があります。経口摂取による食事とその介助する家族が多く、その意味と重要性が指摘されています。
 『経口食による口周辺の動きは、脳に絶大なる刺激を与え、意識回復のきっかけとなる。実際、経管栄養で寝たきりだったお年寄りが、経口食を始めたとたん、笑顔が見られたり、言葉が出るようになり、歩き始めることは臨床上良く経験する。また咀嚼・嚥下が大切な理由の1つに、そこで動員される脳神経の全てが、発声・発語にも関与している事実がある。すなわち、咀嚼・嚥下がスムーズに行われるようになれば、家族が何よりも心待ちにしている本人の声を聞くことも夢ではなくなる。』

4 身体面のリハビリの必要性と目的 
 『@ 拘縮・褥創の予防を目的
 手指・上肢及び下肢の股関節や膝関節、足関節に伸展部にて拘縮が見られる場合がある。拘縮を生じることで、伸展部に圧迫による皮膚のただれの症状が生じたり、衣服の着脱や体の清拭の際に困難をきたすこともある。足関節であるため、座位や立位や歩行時、足の裏全体が地面(床)につかない。従って、できるだけ予防・改善をはかることが必要である。
 拘縮の予防や改善には、ベット上での他動運動のみならず、車椅子での座位保持、起立台での起立位、可能ならば床上での立位姿勢、歩行練習を進めていくことにある。通院リハビリも重要であるが、移動のために多くの人の援助を必要とし、回数も限られる。やはり日常的には在宅におけるリハビリが基本になる。
 身体のリハビリのもう1つの目的は褥創の予防がある。遷延性意識障害者の場合、自ら動ける状態でないため、放置されると四六時中同じ姿勢でいることになる。その結果、身体の同じ部位を寝床や車椅子の一部で圧迫した状態になることもある。圧迫によりその部位の血流が悪くなり、皮膚が壊死したり潰瘍化するのが褥創である。
 褥創は、その部位から体内の蛋白質が漏れ低蛋白血症になることがある。外部から細菌などが侵入しその部位の感染を生じた挙句、全身の感染症(敗血症)を生じることもある。これらはいずれも体力低下を招き、命に関わる問題に発展することも多い。従って生命保持という点で褥創予防は大切なことである。
 何よりも体を動かすことは、本人の免疫力(低抗力)を増すことにつながり、肺炎や尿路感染など遷延性意識障害者が生じ易い合併症を生じにくくすることにつながる。従って、身体面のリハビリは本人の体力向上、ひいては生命予後に多大な影響を与え、これらのことが実践されれば、本人は本来の余命を全うするであろうことが予想される。

A 意識の覚醒―意識障害からの脱却も目的
 リハビリは拘縮予防や体調の維持など身体症状のみにその効果を発揮するわけではない。実は脳へ与える影響が注目される。
(中略) 従って、感覚的な刺激を与えたりすることは意識障害に陥った脳にとっても多大な恩恵をもたらす。
 感覚刺激といった場合、五感すなわち触覚・聴覚・視覚・嗅覚・味覚がある。様々な感覚刺激は、意識障害脱却のための治療として患者へ応用している医療機関も多くみられる。遷延性意識障害着は五感に関してもかなり低下していることが考えられるが、比較的残存しているのは触覚や聴覚・嗅覚と思われる。従って、固く閉ざされた「意識」という壁を少しでもこじ開けようと思えば、残された可能性を十二分に使い切ることが不可欠であり、これらの感覚への刺激は残された数少ない可能性の1つである。
 上下運動による身体の振動と音楽による刺激(聴覚)を組み合わせたのが、音楽運動療法と云える。できれば退院後も行うことが奨励され、意見者も月1回在宅患者を対象に試みている。
 遷延性意識障害者の家族にとって日頃最も熱望するのは、本人の意識がわずかでも回復し、喜怒哀楽の感情が生まれ、少しでも笑ったり発声したり話したりしてほしいということである。毎日の介護やリハビリはその点にのみ注がれている。従って、そのための環境を少しでも整えることは家族にとっては何にも換え難く、最優先したい事と云える』

5 ある意識障害者の介護に関する質問のドクター回答から
 家族が主たる介護で1日24時間の常時介護しているが、 補助として支援費派遣ヘルパーが一定時間介護する問題と対策は。
 『家族にとっての問題。
 @ 1日のヘルパー派遣時間が限られ(長くて1日2〜3時間)、それ以外の時間帯は家族で介護する必要がある。
 A 夜間のヘルパー派遣は困難で(例外的に行っている自治体もあるが、極めて限られる)、夜間は基本的に家族で介護しなくてはならない。
 @A共に、家族にとっては、1日の時間の多くを介護のために費やし、時間的あるいは精神的、身体的に大きなリスクを抱える。以下のことがある。
 i)夜間の睡眠が十分にとれず、早晩体力の限界をきたし、家族自身が何らかの病気を引き起こす可能性もある(その結果介護ができなくなる)。
 A)日常的な買物や外出ができず不自由な生活を送らざるを得ない。
 B)突発的な用事(親戚の不幸など)があっても外出できず、また気分転換のための小旅行なども不可能。
 C)精神的にも限界をきたし、将来の展望も見えず悲観的になってしまう可能性が高い。
従って、現在の既存のヘルパー派遺制度のみでは今後長く続くであろう介護は不可能であり、私的なヘルパーを契約している家族もある。しかしそのためには、1日数万円程度の報酬が必要となり、家族にとっては極めて多大な金銭的負担を強いられる。しかし、当面はそうせざるを得ないのが現在の日常介護の実状でもある。』

常時ヘルパーを雇用すべきか。
 『1日24時間の介護を全て家族が行うのは不可能であり、それを補ってくれるヘルパーの雇用は必要である。最低昼間だけでも看てくれるヘルパーがいれば妻としては最低限必要な睡眠は確保される。しかし、昼間も家族にとって様々な日常的な用事があり、それを補うヘルパーは重要である。』

現在行っているリハビリは、必要か。
 『現在、週2回最寄の医院にて身体的なリハビリを受けている。拘縮予防、褥創などの予防のためにリハビリは必要であり、さらにはそれ自身が体の免疫力を高め、また意識覚醒にもつながる。週1〜2回の在宅におけるリハビリも必要。身体面のみならず、言語聴覚士(ST)などによる咀嚼、嚥下の訓練、発声・発語を引き出すための訓練も将来には必要になってくる。』

 以上の山口先生のお話は資料でいただいたものです。