車社会は、『許された危険』から『車は凶器』へ変換 平成19年1月1日
 

 車社会は許された危険から、車は凶器という被害者の考え方に変換する時代となりました。
 法務省がH18年12月31日、自動車事故に限定して、業務上過失致死傷罪の法定刑を引き上げるとの日経新聞の報道がありました。法案の具体化はこれからの検討課題ですが、交通死亡事故の遺族がこれまで望んできた改正が実現しようとしています。

 自動車社会には、これまで自動車事故が起きても、自動車は便利で、現代社会では不可欠なものであるから、運転に過失があって、多くの人命が奪われる可能性があっても、社会にとっては社会的に相当な行為として、違法性が阻却されるという『許される危険』の法理が通用してきた。典型的なのは、昭和61年から検察で始められた自動車事故の起訴率緩和政策である。昭和61年の起訴率73%が今や、11%とまで低下したのは、車社会優先が背景にあるのであり、刑法の違法性理論を支えてきた『許された危険の法理』『社会的相当性違法性阻却説』 の出番であった。

 ところが、欧米では飲酒運転を主とする悪質事故が多発し、これに対する厳罰化の要請が強まってきた。危険運転致死罪が新設されたのはこの流れの一環である。
 しかし、危険運転致死傷罪の適用は年間200件に過ぎないという現状を考える時、欧米並みの悪質事故の防止は、とても望めないということが法務省もわかってきたのであろう。
 業務上過失致死傷罪の中でも、自動車事故についてだけ、現行の刑を重くする動きがようやく出てきたのである。
 アメリカではマッドという子供を飲酒運転でなくした母親たちの被害者遺族が中心となって、飲酒運転厳罰化を唱えてきた実績がある。ここにおいて、言われてきたのは『飲酒して車に乗れば、『車は凶器』と化すであった。
 この考え方で行くと、飲酒運転だけでなく、悪質運転であれば車は凶器となり、自動車事故は、他の業務上過失事件と一線を画す事故となる。
 法務省はこの被害者側の価値観に沿い、今回、悪質な自動車事故の厳罰化を図ろうとしているのである。