ドイツに学ぶ A捜査情報の開示
【捜査情報は捜査段階で開示される】
平成18年9月29日
 

1 アメリカでは実況見分調書(事故レポート)作成後2,3週間で開示されますが、ドイツでは捜査情報は被害者に捜査段階(=送検時。但し元本を開示.弁護士に開示)で開示されます。
 アメリカもドイツも捜査段階で捜査情報を開示している点が、日本とまったく違います。
 アメリカの捜査官に言わせると、日本の制度は信じられないということでありましたが、ドイツの学者に言わせても、民主主義の観点から、きわめて問題であると指摘があります。
 独、米の両国制度では、被害者や遺族は処分前に被害者に捜査情報が開示される点で、捜査がより民主的であり、捜査のチェックもできます。刑事手続きでずさんな捜査がやり放題、民事で損保の一方的な不公平な取引がなされ放題、を許す日本は、世界で一番超後進国なのかもしれません。

2 交通死遺族が海外の制度を独自研究
 お母様を2003年8月24日の交通事故で亡くされたノイエンドルフ眞紀さんが、私を含めた法曹関係者とあらかじめ協議して作成された質問事項を持参され、ドイツの警察本部長や法学者と面談しまとめられた研究がありますので紹介します。
 なお同氏は来年4月からは大阪市立大学大学院で研究される予定です。

3 ノイエンドルフさんの発表論文の要旨です。(これは捜査情報開示研究会にて発表)
『ドイツ人の夫から日独における被害者遺族の立場や権利の違いを何度も指摘され、日本の現状と日本が近代法制定時に模範としたドイツ法を比較研究することが日本の制度改正へのきっかけになるのではないかと考え、母の死を無駄にしない為にも一周忌を終えた2003年9月にベルリンで現地調査を行いました。ドイツベルリンでの現地調査(2003年9月8日〜2003年9月10日)はベルリン州警察本部本部長、第4方面本部44署 第4方面本部交通事故捜査課を訪問し、さらにベルリン自由大学法学部交通刑法学者(元裁判官)や鑑定人事務所等を訪問面談しました。

(ドイツとヨーロッパにおける被害者の権利)
 ドイツはEU加盟国であり被害者の権利に関する法整備を推進し、2004年9月1日の改正EU法では、検察・裁判所は調書閲覧の権利を被害者に「知らすべき」とされていた規定が、「知らせなければならない」に改正、また被害者から申請があれば被害者にかかわる事件の捜査の打ち切りおよび裁判の結果の被害者への通知を義務化、被害者が弁護士を依頼する権利の早期通知を義務化し、EU全体で被害者の権利が拡大を続けている。
(刑事裁判と民事裁判)
 ドイツでは交通事故における刑事・民事の判決を1つの裁判で求められないかという議論があるが、刑事と民事では過失判断が異なり困難等の理由から未成立のままである。
(裁判所と遺族)
*ドイツでは1986年に被害者保護法が制定され、被害者への一定の質問の規制、被告人の排除等の保護規定、情報を得る権利、訴訟参加、附帯手続き等が制定された。
*検察が不起訴とした交通事故に対する遺族からの異議申立ての最終段階として、遺族弁護士は裁判所の判断を求めることが可能。裁判所が公訴の提起を決定した場合は、検察官はこれに従わなければならない。
*遺族が訴訟に参加する意味は、むしろ遺族が検察官と意見を異にする場合や検察官が遺族の意向をとりあげない場合において大きいと考えられるが、そのような場合、検察官と遺族は協議し意見調整を行う。検察官と訴訟参加人の見解が異なる場合(罪名、量刑等)は、検察官と訴訟参加任は各自の立場から主張立証を行い、裁判官はその両方の主張を対等に聞き対応する。
*附帯私訴原告である遺族は、どのような量刑を望むかを裁判で述べることが可能
*判決に不服であれば遺族が上訴することが可能
*遺族は附帯私訴原告として裁判に参加する権利を有する。公判起訴された場合、出廷し、検察官と同様に被告、証人、鑑定人等に直接質問が可能。
この制度の根拠はドイツ基本法における人間の尊厳と自由権であり、実定法上は、これに基づく人格権におかれている。この制度が設けられた目的は、客観的証拠の一つでしかなかった被害者の利益の保護、被害者の地位の強化にある。背景には、被害者は刑事裁判において被告人と対等であるべきであり、刑事裁判の目的は公の秩序のみでなく、被害者の利益の保護でもあるとの考え方が一般化したことがある。
(検察と遺族)
刑事手続きにおける検察官と訴訟参加人
 検察官:客観的な犯罪成立要件を提示する存在であり、さらに場合によっては無罪の求刑をし、被告人の利益にも働くものである
 訴訟参加人:自らの苦しみを訴え、将来の生活の窮状を訴えるなど自分自身の個人的利益を追求するために訴訟に参加するのであって、そこには公益保護という検察官の立場とは異なる、独自の被害者の立場が反映できるようになっている。訴訟参加人は独自の証拠申請(交通事故鑑定人による鑑定等)もでき、場合によってはそのような独自の証拠申請により、検察官の求刑以上の判決を獲得し、無罪の求刑を阻止しうる可能性すら生まれる。
(警察と遺族)
*交通事故が発生し、結果が重大な交通事故(死亡・重体)であれば交通事故捜査課の捜査官2名が事故現場で事故捜査を引き継ぎ、現場にいる警察官と協力して事故の事実関係を明らかにするために必要な証拠収集や目撃者確保にあたる。被害者の家族が事故現場に居合わせていない場合は、心理学のトレーニングを受けた担当官が被害者家族を訪問して死亡または容態を告知する。
*警察から被害者家族への情報開示
事故番号、加害者の名前、住所、車両番号、目撃者の有無  
*目撃証言の内容を含め、警察段階では捜査資料は開示されない。
*目撃者が必要な場合は、地方紙さらに全国紙、ラジオやテレビを通じ目撃情報を求める。
*交通事故捜査は原則として3か月以内に捜査を完了するという警察内部で目安にしているルールがある。3か月以内に捜査が終了しなければ、3か月は内部規定で捜査を継続する。
*被害者家族の弁護士から警察に調書閲覧請求があれば、捜査資料にその旨を注記(弁護士からの書類を添付)して送検する。

(捜査情報の開示)
 被害者(遺族)に開示される情報
 警察での捜査が完了し、捜査資料が送検された時点で、検察から遺族弁護士に原本を送付し捜査情報を開示。
 捜査資料の原本が警察から送致され2,3日後に検察から遺族の弁護士事務所に送付される。検察による処分判断の前に迅速に調書類を目にすることが可能である。
*警察から送致された捜査資料に、被害者弁護士からの調書閲覧請求の書類が添付されている場合、2、3日後に検察から被害者弁護士事務所に捜査資料の原本を郵送する。(2004年現在費用:10ユーロ程度の郵送料を請求)
*「被疑者やその他の人物の守られるべき利害に対立することがあれば、調書閲覧は拒絶可能」として検察のちには裁判所は、被害者・被疑者・第三者の利害関係を量り開示制限の必要性を判断する。
*ドイツでは捜査情報は被害者が依頼した弁護士を通じてのみ開示されるが、ここ20年程「被害者に直接捜査情報を開示してもいいのではないか?」と議論が継続されている。

(捜査情報に関する日本の実情)
被害者(遺族)に開示される事故に関する情報
*事故証明書による事故日時場所、加害者住所氏名等のみ
その他以下のような捜査により得た情報は被害者(遺族)に非開示
*加害者の供述内容(現場供述・警察署での供述・検察供述)
*目撃者の住所氏名―刑事処分後も永久に非開示
*目撃者の供述(現場供述・警察署での供述)
法務当局の非開示の理由:
*法的根拠―刑事訴訟法第47条 訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公けにしてはならない。日本ではこの「公け」に被害者が含まれており、捜査は被害者の為ではなく「公共の秩序」の為に行われるとした最高裁判例があり、被害者(遺族)には捜査情報を開示しない。

(捜査情報を開示しない日本の刑訴法47条をドイツ学者はどう思うか?)
元裁判官の交通刑法ゲッパート教授への質問 
 「もし日本に滞在するドイツ人が交通事故で亡くなった場合、ドイツの遺族には公判まで捜査情報が開示されないのですが、民主主義の観点から日本の刑事訴訟法47条(訴訟に関する書類は、公判の開廷前にはこれを公にしてはならない。但し、公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合は、この限りでない)とした規定をどう思われますか?」

ゲッパート教授の回答
 「まずドイツではそのような情報のバリケードは存在しません。遺族への情報開示の制限は民主主義の問題というより法治主義のあり方の問題だと考えます。国民が司法と法文化のあり方をどう評価するのか。それを左右するのは刑事裁判所の仕事ぶりです。20世紀は加害者の人権が注目された世紀でした。しかしここ20年程で政治が被害者の利害に注目する重要性に気づいたのです。きっかけとしてはドイツでは40年程前から私の専門分野のひとつである刑事訴訟における被害者に関する学問である被害者学を法学部において、学者たちが実証的な研究を行うことにより被害者に対する意識が司法関係者や政治家の中でも高まったのかもしれません。また「白い輪」等の被害者団体運動もあり、被害者への関心が注目されるようになりました。しかしドイツの被害者の現状もまだ十分であるとは言えません。各国が互いの法制度から学ぶことには意義があります。あなたがドイツまで来られて調査をされていることは、とても重要なことです。それは司法が裁判所を通して加害者をどう扱うかだけではなく、被害者をどう扱うかも、国民がその国の司法を判断する際に基準にするからです。さらに大切なことは、あなたが今回の不幸な事故を国民や司法等に関係する人々、政治家の関心をこの問題へむけるきっかけにされていることです。」

(ノイエンドルフさんの承諾を得て、TAV捜査情報開示研究会より引用)