福岡県警が福岡3人死亡事故で危険運転致死傷罪で送検に踏み切った背景 平成18年9月15日
 

 H18年8月25日、福岡で一家五人の乗った乗用車が追突され、橋から海に転落する惨事が起きた。母親の必死の救助もむなしく、乗っていた子ども三人は全員水死。車の運転手は飲酒運転をしており、ブレーキをまったく踏まないまま、本人供述で80キロのスピードで追突した。飲酒運転による悲劇がまた発生した。01年に危険運転致死傷罪が新設され、飲酒運転を含む悪質事故に対する厳罰化が進んでいるにもかかわらず、交通事故の悲劇は全国各地で続発している。福岡の事故の捜査はマスコミが異例に注目した事件捜査である。幼児3人が同時に死亡する悲惨な事故だったことにある。捜査の詳細な雰囲気も連日報道された。危険運転致死傷罪の法律の問題もあるので、全国の警察や検察も注目していた。福岡県警は当初業過で捜査をしていた。アルコール検知量が0.25mgに過ぎないことや、検知検査で正常に立っていたりしたからである。しかし初動捜査後、通常の事故で追跡しない補充捜査を徹底して行った。飲酒の店、飲酒していた人間からの聞き取り、事故後の被疑者の行為、事故後の関係者の行動と、遺族や世論の激しい厳罰の感情を背景に、命を守る捜査の現場に連日の熱意が感じられた。その結果、目撃者の証言を決定的根拠に、飲酒により正常な運転が困難という法律要件を充足するとして、危険運転罪に切り替えられた。問題点はいろいろ出てきました。

  1. 危険運転致死傷罪で最終的に処理されるケースでも、警察段階での捜査罪名は業務上過失致死傷罪である場合が極めて多い。その後、警察段階で危険運転罪に切り替えたり、検察段階で罪名を切り替えたりして、危険運転致死傷罪の公判となるケースが多い。事故が起こると迅速に警察が処理しなければならないこと、警察はマニュアル的な捜査は業務上過失致死傷罪であり、危険運転罪での捜査のマニュアルがないことに原因がある。このケースもその一つである。
  2. 福岡県警が危険運転に切り替えたのは、厳罰を求める世論を強く意識したためと思われる。実際、世間の耳目を集める事件は、複数死亡事故であり、複数死亡事故については、危険運転罪の適用が非常に多い。見せしめの法律ではないのか、という遺族の声もある。
  3. 適用の障害となったのは検知量であったと思われる。飲酒による危険運転罪の過去の適用事例での検知量は0.5mg以上で、0.25mgで適用されたケースはほぼない(立花書房 危険運転致死傷罪の捜査要領)。
  4. 福岡県警の措置は妥当だったかどうか?
    危険運転罪の要件は極めて抽象的で、【飲酒により正常な運転が困難】だけである。検知量がどのくらいか書いていない。道交法で酒気帯び基準はかつて0.25mg以上だった。これでいくと従来基準では危険運転罪とならないであろう。今回の措置が妥当かどうかは、違法性をどう判断するかの問題ともなる。4年前に実質違法でなかったのに、今違法性があるとするのか。
    また、法律が極めて抽象的ということは、法を運用する捜査側や裁判官の判断に委ねられているのである。飲酒運転を厳しく考え、車を走る凶器とみれば、わずかなアルコールでも危険となる。被害者や遺族のみかたは車は走る凶器でしかない。特に飲酒運転であれば、車は走る凶器である。問題は捜査側や裁判官がかかる考え方に立つのかどうかである。車を便利な道具と見たり、快適なドライブの手段であると見れば、この考え方はなじまない。飲酒事故の悲惨さのニュースもある反面、連日の車の快適性を宣伝する風潮もある。危険運転が立法化されんとする時期に、多くの文化人といわれる人達が反対していたことも記憶に新しい。
    飲酒運転自体を極めて危険であると判断するのであれば、検知量が0.25mgも危険運転となるという結論は支持されなければならない。
    結局は、飲酒運転をどう考えるのかの社会の文化や土壌にかかっている。
  5. 全国に注目された事例です。危険運転罪の適用のぎりぎり事例ですから、注目が集まります。また、これまで片山しゅん君事件や東名高速2児死亡事故など、事件がきっかけになり、交通捜査の運用が改善されたり、厳罰の法律が出来たりしました。この事件も飲酒運転の厳罰の風潮や飲酒運転に対する施策のきっかけとなること思いますので、注目する必要があります。