加害者天国ニッポンの浄化のため 平成16年1月7日
 

昨年はマスコミがずさんな事故捜査を報道し、「なぜずさん捜査がなされるか」が訴えられました。【形式的で加害者の供述に沿う捜査現場】により、多くの遺族や被害者が泣いています。目撃者に対して加害者の供述に沿う供述を強要する捜査事件、加害者の供述のみで捜査を完結し、証拠保全をしていないため、複数の目撃者が後に出現しても遺族が苦しむ事件、飲酒運転死亡事故でも意図的にドライバーをかばい、被害者に過失を作りあげる捜査がなされている事件。厳罰化の法律が出来ても運用にあたる警察が実は被疑者をかばう捜査であっても、放置されています。表面的な厳罰化は尊重されていますが、実は運用面が問題です。形式捜査や加害者の供述だけの捜査で終わるのみならず、被疑者をかばうのが現在の交通捜査です。交通事故の捜査情報開示がない限り、被害者にのみ責任を転嫁されるのです。かつて、99万人と激増した被害者数が一旦60万人に激減したのは昭和51年、それが今や120万に迫る実情は、交通警察の捜査体制の体力的な限界を生み、ずさんな捜査を生んでいます。捜査員は2倍に増加されるべきなのに、人員不足です。交通捜査の見直しは期待できません。警察の仕事は極めて形式的で、仕事が多すぎ、加害者の供述で実質終了。7割から1割への不起訴徹底主義の悪しき処罰政策を検察がとる以上ずさんな警察の捜査が多発するのは至極当然のなりゆきです。被害者にとって許しがたい実情は続きます。加害者天国ニッポンという事故捜査の腐敗体質は、捜査情報が開示されなければ浄化されません。