重度後遺症裁判のために(13)
戦う家族(実況見分調書のやり直し)
平成15年8月19日
 

重度後遺症の家族は、捜査がおかしいと思っても、動く余裕すらありません。危篤状態が続いたり、その次に続く介護や転院で精一杯だからです。そういう意味で重度後遺症の家族に勇気が与えた事件がありました。事故態様にこだわりをもち、そういう被害者が声を出す勇気を与えられる事件です。テレビコメントを求められ、知った事件です。
やなぎはらみかさんが取材した記事がニューモデルマガジンX9月号にあります。事故被害者が受ける2次被害です。根本事件という重度後遺症被害者の交通事故処理の報告で、捜査や検察から受ける間接被害です。システムの病的現象です。成田警察のずさんな加害者よりの捜査や、再捜査をしてもなおかつ加害者寄りとしたがる警察の病的な捜査態度や、目撃者がいても、被疑者調書だけを捜査記録の中心としたがる警察の考え方が滲み出ています。被害者や家族の言い分は眼中にない警察の姿があります。被害者の身になっての熱心で丁寧な取材により明らかとなった事件です。テレビ朝日も8月11日にニュース特集で放映したほどです。
『日常の事故捜査に異常がある』という被害者や家族の声に耳を傾けるべきです。

本件捜査への不信
事故は飲酒運転をした車が反対車線を走行中に、車道にいた被害者をはね、被害者は重度後遺症となった事例です。問題は最初の実況見分にありました。飲酒運転の車が反対車線走行とはされていないのです。飲酒運転をした被疑者の言い分通りで、酔っ払いの言い分を信じた捜査がありました。初期捜査は、目撃者が正義感をもっていたため、被害者の家族の声に押されて、2度目の実況見分がなされました。ところが、2度目の実況見分自体も、警察官が地点を指示誘導する不当な捜査でした。【もっと道路中央部分だろう】と警察官が指示までしたというのです。ところが目撃者が警察を怖れない勇気をもっていましたから、家族にそのまま伝えたのです。これに家族は怒ったのでしょう。根本さん達は、国会議員を動かし、国会質問で取り上げられた。2度目の実況見分までも、嘘で固めるのか、と。不当な警察の姿があるじゃないかと。国会で取り上げられたので、3回目の実況見分がされましたが、事故から1年半後でした。国会で取り上げられなければ、誰も監視できない警察の暴挙捜査のままでした。重度後遺症家族の執念と戦いが功を奏した事件です。
どうしてずさんな加害者寄り記録となるか
一般的には、信じられないことですが、交通捜査は初動捜査で終了し、かつ被疑者の供述通りとしているのが実情です。捜査は一度終えたら再捜査はしない。実況見分のやり直しなどありえない、とされてます。事務的な仕事です。目撃者がいても、およそ捜しません。捜しても被疑者の供述と違っていたら、被疑者の供述を優先する場合すらある。否認事件は面倒なのです。士気は完全喪失です。腐らせた元凶は、国の非犯罪化政策にあります。一生懸命捜査しても9割が無罪放免。これじゃ警察が仕事しなくなるのが当たり前。被疑者の供述だけで終わらせる。被害者は犯罪と思っていても、警察はそうは思っていない。事務的な仕事にすぎない。だから真実発見という理念すらない。日経のアンケートでは交通警官の9割がやる気がないと。ところが、事故の真相は、灰色が多く、これがため警察官は目撃者に誘導供述を求める。しかも一旦初期捜査をしたら、絶対正しいとする無謬主義も文化にある。間違いといわれても間違いを絶対に認めない。腐敗しきった捜査現場があります。

捜査の問題
この事件は捜査のやり直しまでしても、警察のやりたい放題です。誰が横暴な捜査をチェックするのか。当事者である被害者がチェックできないのであれば、警察は野蛮そのもの。チェックする為には、捜査情報のうち、実況見分調書は作成後速やかに開示させる必要あります。
検察が2度目の実況見分を指示しながら、不当な捜査をやった警察署に再び実況見分をさせていることも問題です。検察が現場に行き指示をし、供述を聞くべきなのに、今の交通検察は捜査から完全撤退したので、同じ警察署が同じことをしたがるのは当然となります。
目撃者がいても表にしない警察の捜査の裁量権は誰がチェックするのでしょう。適正な捜査といえば済む警察。これでは、目撃者がいても事務的な捜査システムが優先します。実況見分では嘘をついたことを被疑者が念書で認めているようです。それでもなお嘘の捜査記録が優先されるのです。念書まで加害者が書きながら、捜査記録が通用する世界が恐ろしい。捜査官が裁判官みたいに通用しているのが、この世界。捜査の違法性を遺族が独自に裁判できなければ、こういう独善的な加害者寄りの不公正な捜査は絶対になくなりません。
事件は氷山の一角にすぎません。マスコミや国会議員が取り上げなかったら、2度目の実況見分で終了し、被害者の責任とされたでしょう。マスコミが、或は国会で取り上げられなければ、警察や検察の交通事故捜査の横暴は裁かれない、のが日本の警察検察優位社会です。決して司法優先の法治国家ではありません。不起訴事件で調書を出さない検察のわがままを、鵜呑みにして仕事をしない民事裁判は茶番劇にすぎません。
加害者が警察に接近でき、政治家が警察に働きかけることが出来るのは、公知の事実。被害者のせいにして、情報を被害者に開示しないことで、密室で政治家と警察の利権が図られる。司法はノータッチ。被害者にしてみれば、中世的暗黒の取引社会が成立しているのが交通捜査の世界です。