なぜ、交通事故が軽く扱われるのか(3)
原因 その3
平成15年5月29日
 

国の政策−非犯罪化政策−
法務省による検察への手抜き支援の追認政策が3番目の原因です。
検察の新基準が全国に行き渡り、検察の方針が全国画一になった頃、法務省は、平成5年版犯罪白書で、交通事故の制裁はやめよう、原則不起訴と宣言しました。法務省が交通事故を軽くしようと宣言し、検察の扱いを合法化しました。それまではどちらかと言えば、『国民を欺き、被害者をないがしろにする』検察だけの秘密政策でしたが、これを正面から合法化、既成事実化するのですから、なぜ交通事故が軽く扱われるのか、の3番目の理由となります。

検察追認政策の是非 
(政策批判1)4つの理由
検察庁の手抜き政策を法務省が追認し、堂々と交通事故は犯罪でないと宣言したのです。検察の手抜き政策の支援です。検察の誤った政策の支援宣言が平成5年白書です。何度も言いますが、被害者支援でなく、検察の手抜き政策支援を法務省自身が行なったのです。
法務省は4つの理由を挙げました。4つの理由とは起訴をしても国民皆一億総前科者となる、遺族は保険で救済され厳しい処罰を望まない、低い罰金で制裁をしても刑の感銘力にはならないので不起訴としましょう、交通事故の防止は刑罰だけでなく行政上の規制や罰則等総合施策によって達成すべきだ、という理由です。どれも決定的理由はありません。加害者天国ニッポンで述べたとおりです。
役人の勝手な理屈です。どこか犯罪者の理屈に似てますね。
振り返ると、昭和40年から50年代にかけて、法務省や検察がしていたことは【初犯から実刑を】の政策でした。10年20年経てば、政策が逆転し、『交通事故は犯罪ではない』とし、ほとんど不起訴ということです。

(政策批判2)朝令暮改
中国のことわざで、朝令暮改という言葉があります。朝令暮改とは、朝に法律を作り、夕方にはこれを変更する、というものです。この意味は何か。滅びる国とは、こういうことをするという意味です。つい昨日まで『初犯から実刑を』といっていたのを、今日は『交通事故は犯罪ではない』と言い出したのです。まさに、今の日本は、法の元締めがこうですから、滅びようとしているのではないのでしょうか。被害者の立場に立てば、朝令暮改のことわざが日本にあてはまります。
平成5年白書は、理論的に交通検察の方針転換を擁護し、正当化することに狙いがありました。朝令暮改の宣言です。そういう意味では、日本の交通政策が本当にお粗末で、命を大事にしない、役人の手抜き都合だけで決まってきたということを示してます。官僚によって、交通事故は軽く扱われているのです。

(政策批判3)運転モラル喪失
ちなみに最近、被害者数が爆発的に増加してます。
資料1の被害者数の最近の経過を見ると         
10年  99万人   11年 105万人
12年 116万人   13年 118万人 
となっています。
3年間で20万人弱増えていることがお分かりと思います。
手抜き政策の直接影響です。平成3年に世間はバブルが弾け、不景気ですから、車の台数が3年で20%も増加するわけでもなく、被害者数の増加と同じように増えた訳でもありません。ところが、最近では被害者が爆発的に増えている。その理由はというと、不起訴容認政策のためです。
交通事故非犯罪化政策では交通モラルがなくなってしまうのは当然です。被害者数が爆発的な増加となってしまうのは当然です。 ドライバーのモラル喪失です。モラルが喪失するのは、国の罰則があまりにも甘いからです。事故を起こして人を怪我させても、無罪放免。一生懸命やった交通戦争は、検察法務のエリート官僚によって消されてしまったのです  
              
副検事の手抜きは反省も法務省もしていたのでしょうか。同じ平成5年版白書で欧米では飲酒運転等の悪質事故事犯に対しては、厳罰化の法制度の指摘がなされ、わが国も厳しく対応をするべきだと結ばれてます。これを読むと、井上さん達が行なってきた厳罰化も、法務省自体は考えていたんだ、と思いました。しかし厳罰化の方向にたまたま国が向かうとなりましたが、これはあくまで遺族の声の成果です。国が反省したわけではありません。朝令暮改の役人天国ニッポンの体質自体が変わっているのではありません。厳罰化された法律は、危険致死罪という新たな構成要件の犯罪と道交法の飲酒酒気帯び運転です。特に飲酒運転の厳しさはこの法律で、死者が急減した、事故が減ったと、新聞でも取り上げられています。酒に寛容すぎた時代が終わったのです。危険致死罪の適用については、構成要件があいまいとなったためもあり、『正常な運転が困難な状況』との判断が難しいとなっています。おそらく、遺族とシステム側とで、これからも適用の是非をめぐり、対立していく問題ではないか、と思います。業過致死と危険致死との法定刑の差がありすぎることもありますので、業過致死罪についても、法定刑を7年ほどに引き上げてもいいのではないか、と思います。法定刑の違いが、取締りの現場にも影響をしていると思います。刑の軽さはある意味では厳罰化法案も出来まして、テーマの一つの幾ばくかは、達成されてきてます。でも一般交通犯の処理システムの問題は相変わらずです。一言で言うと、軽く扱い、かつ被害者排除システムが通用しているということです。システムが事故処理を軽くし、被害者や遺族を排除してまかり通っています。

法務省と検察と警察の力関係
以上で言えるのは、法務省は検察庁に対して弱腰だということです。検察の方針に従うのが法務省であり、検察が日本の刑事方針を実質上決定しているということです。平成5年に、両者の力関係は決定したといってもいい。
ところが、実は、交通事故の捜査から検察が撤退したがために、検察庁は、交通警察に文句をいえない弱い立場であるというねじれた関係にもあります。警察庁の中央官僚がよく言います。「検察は交通捜査から撤退した」と。これは皮肉もあるが、文句を言うな、との裏返しの言葉です。だから、交通事故では、警察が検察庁よりも実質上強い立場となっている。警察が検察に強いのは、こういう背景もあり、捜査情報開示に踏み切れない理由です。警察が独壇場とし、捜査独占している分野に誰も介入してほしくないのです。警察としては、独占の権益構造もある。いろいろな不手際がばれるということです。捜査が監視されることがもっとも怖いのでしょう。