被害者は証拠物!! なんでや!! 
人間扱いせえ! 捜査記録を検証させろ!
平成15年3月11日
 

遺族と司法や捜査の関係で興味ある研究が最近伝えられました。
 犯罪被害者支援団体『あすの会』で発行された欧州司法制度の報告では、欧州では被害者は当事者として扱われるのに対し、日本では【被害者は証拠物】と取り扱われている、と。当事者でもなく、証人でもない、証拠物だということです。当事者でないから口を挟めないし、調べられないどころか、捜査内容を聴くことさえ出来ない。欧州ではこれを反省した立法をしているといいます。当事者は捜査側と被疑者側だけでなく、被害者も当事者と見るのが欧米システムです。
 世界的な被害者支援の流れは、ボランティア活動から制度改善へと進んでおります。制度改善が終了してるのです。ところが日本では、警察や検察が被害者対策室というクレーム処理係を置いているだけで、文字通り、お涙頂戴程度の有様。
警察や検察の捜査を、遺族から見ると被害者を排除し、積極的に被害者の権利行使を妨害し、被害者側への配慮がありません。被害者排除システム下での警察の対応は交通事故を軽く扱うシステムもあり、被害者にあまりにひどいものです。

1)遺体の扱い
たとえば、京都の女子高校生がトラックに轢かれ死亡させられた事件では、即死であったからとはいえ、警察は、ずた袋のようなものに娘さんの遺体を入れたままで渡し、それをみた父親は精神的ショックが尾を引き、葬儀の時の棺の中の娘さんを見れないまま、葬儀終了し、いまだ元には戻っていません。これなど警察は、被害者対策に身を入れてくれれば、そこまで2次被害にあわないのです。

2)連絡
事故連絡をしてくれるのはいいのですが、被害者の病院がどこです、というだけで、後の連絡はさっぱりしてくれません。事故がどうだったかも教えてもらえません。遺族がしつこく食い下がっても、目撃者はいる、と言うだけで、どんな目撃をしたのか、教えません。中には親切な警官もいますが、どうもそうでない。証拠隠滅の恐れは警察にあるのですが。当然被害者はパニックに近いような心理状態ともなる場合があります。

3)調書
調書作成でも被害者排除でありますので、被疑者の言い分どおりとなります。
特に初動捜査で警察官が投入され、一番喋る被疑者の言うとおりとなります。なぜなら、被害者側は一切いないから、都合のいいことは何でも喋れます。警察も早く事件処理できるため、特段疑うことをいたしません。
初動捜査で、正直に悪かったという被疑者も時間が経過すればするほど、言い分は変わる事件を何件か担当しました。被疑者調書を読むと、最初言わなかった言い訳を後日言うようになるのです。バイクが飛び出してきた、被害者が飛び出したとか、後日調書内容が違う場合が多い。時間の経過も調書を読む上で重要な点です。
  被害者排除ですから、被疑者は目撃者もでっち上げできます。2年後出現した被疑者の友人を堂々と目撃者調書にした副検事もいます。被疑者は目撃者と事故後接触できますから、これを言え、といえば通じるわけです。副検事はおとなしいので言われるままです。
  もっとひどいのは、初動捜査で被疑者調書を作成したため、それに符合させる ため、目撃者調書を員面調書で変えたり、ねつ造したりしているのではないか、 という事件を裁判中です。目撃者を4名もつぶしているのではないか、遺族の思いは、事故発生から7年警察への不信は変わりません。

4)調書に対する不信
 捜査段階で遺族が一番知りたい事は亡くなった家族の最後の瞬間の事実です。法的な面でも民事上、過失相殺の比率に直接影響し、刑事上加害者の処分でも、遺族が制裁を求める権利の行使上不可欠です。捜査段階で警察・検察が一切遺族側に知らせようとしない事は、憲法違反の疑いがあります。警察・検察の捜査権限は遺族から委託を受けています。労災事故や医療事故では遺族側が証拠保全をすることができるのに対して、交通事故は警察が捜査権限を独占しているから一切できません。遺族の証拠保全の完全排除です。遺族としては知ることが全くできません。遺族が目撃者を見つけても、目撃者に対して警察がどういう捜査をしているかさえ、教えません。遺族としては第二の目撃者も捜すが、エネルギーを使っても、警察がどのような調書を作るかについては一切監視できないし結果も報告されません。病理的なシステムです。情報公開の社会の流れのなかで死亡事故捜査では密室で捜査が行われ、遺族を排除するシステム自体病的です。
捜査終了後の調書について、裁判官や弁護士の司法関係者が疑問を持つことはありません。どうしてかというと、弁護士は被疑者の弁護事件をしている関係で、被疑者の言い分について疑う習慣はなく、裁判官も弁護士も刑事記録は正しいものとして処理する。疑いの眼はないのです。でも遺族は、被疑者は初めから嘘をいっているのではないか、という思いがあります。調書を疑って読むというのは、実は遺族だけです。遺族こそ交通事故の捜査のプロです。

5)目撃者への接触
  遺族の捜査段階での目撃者への接触は、以上のように出来ません。
  ところが、刑事が終了して、民事に臨む事件で思うのは、遺族が目撃者の供述に非常にこだわる場合がありまして、それを確かめようと思っても、実は出来ないのです。
刑事処分後は謄写はすべて出来ます、と法務省は言っておりますが、実は現場では、目撃者のところに付箋を貼って見せてくれません。場合によっては、氏名さえ見せない。Aとされてたりします。住所は大概消されています。
 これは弁護士会や裁判所など司法界ではあたりまえとされてる慣習です。損保弁護士が被害者支援を名乗り、仕事をするのですから慣例が通用してきたのでしょう。
 でも遺族のこだわりは、目撃者の供述に向けられることが実に多いのです。記録を読めても、実は目撃者と会って話しを聞きたい、その上で裁判もしようとかいう例が多いのです。しかし、現実には目撃者に会うことさえ阻害されてます。遺族がどうして悩まなければならないのでしょうか?
 結局、この壁を突破しようとすれば、そのために裁判までしなければなりません。
裁判所の命令だけが唯一の例外です。裁判長に頭を下げて、記録中の目撃者の住所を調べてください、調査嘱託と言いますが、それをして、住所を3ヶ月かけて調べて、それでようやく証人尋問をする機会を与えられるとなります。裁判官も時にはそんな必要があるのか、と言い出す人もいます。記録が出来上がれば、それでいいじゃないか、ということなんですね。
被害者や遺族は証拠物とされているだけでなく、もっとひどい扱いを受けているのです。被疑者に会いたい、或は目撃者に会いたいとしても、教えられない、としているのは、あまりに不条理です。被害者側の視点で個々の事件をみていくと、目撃者が誰か永久に教えないシステムです。日本は本当におかしいシステムです。

6) 目撃者を永久に教えたくないシステムの意味
被害者は後日捜査結果を見てもいいが、捜査結果は触るな、調べなおすなという扱い。被害者に現在の捜査情報を知らせないだけでなく、むしろ処分後の情報探知さえ妨害しているシステムで被害者の知る権利を直接侵害しているのが、警察であり、検察だということです。 例えば、医療事故が起こった場合、医師に直接聞いたり、看護婦に聞いたりも出来ましょうし、警察が排除したりすることはしないでしょう。警察が事故内容と加害者を完全にガードしているのが日本の交通捜査です。  
この背景にある考え方は何かというと、捜査絶対、検察絶対観であり、被害者遺族は黙れ、という考えです。そうでないとこのシステムは理解できません。
目撃者の言い分を見て、おかしいと思っても、捜査結果を信じろ、という仕組み。 今の法務省や検察は 被害者遺族と敵対しております。証拠物扱いをするのではなく、被害者遺族の口を封じてるのです。

7) 被害者は証拠物の意味
被害者が証拠物とは、直接には遺族調書でしか、被害者の声は反映されないという意味です。紛争当事者でありながら、当事者として一切何も知らされず、口も聞けない、解決システムにも介入できない、ということであります。当事者であり、1番の利害をもつはずなのに、これは絶対におかしいではないか、というのが欧米の思想であります。当たり前ですね。
 どうして、日本では当たり前の考えができないのでしょう。役人天国しかり、役人と遺族の利害対立しかり、官憲絶対観しかり、手抜き横行がばれたくない、しかりです。被害者遺族が立ち上がらねば、この問題は、事故が発生する度にあらたな2次被害を受けているのです。