交通事故不起訴事件 遺族の知る権利訴訟(6)
争点開示
平成14年12月10日
 

供述調書と捜査報告の非開示論

1 これまでの法務省の不起訴記録開示運用
不起訴事件について、検察庁は、裁判所の送付嘱託命令や被害者の公開請求に応じて、一定要件で捜査情報を開示しているとされ、開示基準は司法事務協議要録集にある。
『交通事故等の不起訴記録の取り寄せは原則として応じられない。ただし、実況見分調書、鑑定書等代替性のないものは従来どおり応じる。関係者の供述調書については、原供述者の死亡、所在不明、または供述と証言とが著しく相違する場合は、その必要性を詳細に記載して請求されれば、公益上の必要性を充分考慮して具体的事案に則して処理する事とする。』 (昭和43年検察回答)
『不起訴記録の送付嘱託には原則として応じられない。ただし、実況見分調書、鑑定書等代替性のないものは簡にその必要性を記載して請求されれば、応ずる。関係者の供述調書については、原供述者の死亡、所在不明または供述調書と民事裁判における証言とが著しく相違する場合は、書証を特定し、かつ必要性を詳細に記して請求されれば、公益の必要性を考慮し事実に則して処理する。』(昭和52年検察回答)

2 最近の検察基準
検察庁発表の不起訴事件の新基準(平成12年3月24日新聞報道)では公開基準が緩くなっているとされる。『被害者保護の観点に立ち、記録の公開を原則禁止から原則開示に改め、証拠の範囲も写真撮影報告書や検死調書など客観的で代替性のないものに拡大する。供述調書は開示を前提にすると取り調べ自体に支障が出るから原則開示対象としない。』
なお、法務省は平成12年3月に『過失相殺事由争いのため、加害者側(被害者側の間違いであろうか?)が閲覧謄写を求める場合には、請求に応じる』としている。しかし、このHPは現実にはまったく適用されていない。運用面ではこれに反して、一律に開示禁止している。【法務省HP】
いずれにしても、開示基準緩和はなく、開示基準は従来とほとんど変化はなく、供述調書や捜査報告書は開示禁止となっている。

3 検察庁の開示基準をまとめると、
(1)実況見分調書は開示する。
(2)鑑定書や写真撮影報告書などは代替性がないので、原則開示とする。
(3)供述調書は原則公開しない。被疑者の人権に支障が生じ、捜査に支障が生じるからとする。ただし、法廷での証言と著しく異なる場合には例外的に開示する。
(4)『公益性』という要件も必要である。

被告国の非開示の理由(1)
『そもそも、民事訴訟法226条に基づく裁判所の文書送付嘱託に対し、被嘱託者が官公庁である場合に、嘱託に応じる一般的義務があるか否かはともかく、仮に、官公庁に一般的な送付義務を認めるとしても、同送付義務は、送付嘱託をした裁判所に対する義務であり、このような官公庁相互間の義務違反が、原告らとの関係で、国家賠償法1条の責任の前提となるべき義務違反行為に該当しないことは明らかである』
 『上記の点をおくとしても、裁判所の送付嘱託の対象となった文書が刑事事件の不起訴記録であるときは、訴訟関係書類の公判開始前の公開禁止を定めた刑事訴訟法47条本文により、記録保管者には守秘義務が課せられ、送付嘱託に応じる義務がないことは明らかである。すなわち、本件検面調書及び本件報告書は、本件被疑事件に関して作成された書類であるところ、同条にいう「公判の開廷前」とは、もとより公訴提起前が含まれるから、不起訴処分となった被疑事件に関する書類についても同条本文に該当することは明らかである』と主張する。

非開示理由への反論
非常に形式的部分のみを捉えている。
交通死亡事故の場合の証拠はすべて検察が独占しているのであり、被害者遺族には何ら知らされずに、真実を求めて民事提訴しているのである。捜査に不正がある(3少年の実況見分の言い分と異なる内容の捜査報告書が作成)と主張する本件において、その不正を追求しなければ、本件事故の過失や被害者の過失の割合を求めることはできず、しかも不正の結果によっては全面的に被疑者の過失が確定されるのであって、数千万円の損害確定に直接影響を及ぼす本件などは、必要不可欠である。
然るに検察庁は、交通事故不起訴事件について、一律に『実況見分調書以外の捜査報告書、供述調書は開示しない』とする運用をしており、交通死亡事故の遺族の民事上の立証活動を現実に妨害している。文書送付嘱託以外の立証方法は日本国の裁判訴訟上、被害者遺族には認められていないことを看過している主張であるし、また交通事故の捜査が被害者や遺族を排除した『捜査独占』で行われていることを無視した主張である。
  死亡事故が発生して遺族が一番知りたい事は亡家族の最後の瞬間の事実である。これは法的に重要である。刑事上加害者の処分について遺族が制裁を求める権利があるという意味で大変重要であるだけでなく、民事上過失相殺の比率に直接影響する事実を知らされない、従ってこれを争そえないというのは、民事上の立証の機会を被害者や遺族から完全に奪う。検察が一切遺族側に知らせようとしないという事に大きな問題がある。警察・検察の捜査権限は遺族から委託を受けているという関係にある。証拠作成過程も捜査の独占である。労災事故や医療事故では遺族側が証拠保全をすることができる。ところが交通事故だけは一切できない。これは警察が捜査権限を独占しているからである。要するに遺族側の証拠保全を排除している。そのために遺族としては知りたいことを知ることが全くできない。例えば遺族が目撃者を見つけても目撃者に対して警察がどういう捜査をしているかということは一切知らされない。遺族としては第2目撃者、第3目撃者も捜すが、こういうエネルギーを使っても、警察がどのような調書を作るかについては一切監視できないし結果も報告されない。不起訴になれば、永久である。病理的な捜査システムが現実に存在している。情報公開の今の社会の流れのなかで、交通事故の死亡事故に関しては非常に密室で捜査が行われ、被害者や遺族を排除している。
捜査資料の中身を検討すると、実況検分調書、供述調書、捜査報告書の3点である。供述調書には警察官作成の員面調書と検察官作成の検面調書があり、捜査報告書と相まって、警察官や検察官の仕事がどうなされていたのかということがわかる書類である。しかし不起訴事件ではペラペラの図面に事故当初の言い分だけが記載されている実況検分調書だけしか開示されない。実況検分調書に書かれた内容から、その後供述が変わったり捜査側の主観が入ったりする可能性があるが、それらを読みとることができる捜査資料である供述調書や捜査報告書は遺族に対して一切開示されない。供述調書などは、実況見分調書と同じはずであるし、開示しない理由に乏しいはずである。不起訴事件の証拠について遺族が検証しようとしても検証できないシステムである。遺族が不起訴事件について証拠の不正や捜査の不正について争えない現実があるなかで不起訴事件がどんどん拡大しても、不起訴事件は検証されずに不起訴が増えていっている。昭和61年までは73〜75%の起訴率であり、それが今や11%に急減しているのは、法務省や検察の『交通犯非犯罪化』(犯罪白書平成5年版)政策ばかりでなく、検察庁の捜査情報非開示にも大きな原因がある。
かつて昭和61年までの業務上過失致死傷事件の73%も起訴された時代には、多くの事件が起訴されるのだから、多数の被害者は記録を見れたし、不起訴になってもあきらめもついたであろう。しかし、今や検挙件数80万件のうち、不起訴は70万件にもなり、10件中9件が不起訴である。交通事故を非犯罪化する政策のためであって、被害者側に責めがあるといえるわけではない。法務省は交通事犯に対して、犯罪扱いをしないとする政策を徹底的に行ないながら、その書類に関しては、犯罪扱いをして開示しないというのは、政策の矛盾であり、多数の被害者の本来知り得る権利を妨害している。
被疑者が否認する場合には特に、検察は起訴しない傾向にある。被害者に過失があると確定されなくとも、被疑者が事故の責任を否認すれば、起訴しないのである。民事的に争いが残るのは当然である。
 警察の初動捜査では、民事上は事故発生直後から、証拠の作成が行なわれているのであって、そこに被害者側は加入できないシステムとなっている。しかし、過失の割合や被疑者の過失の程度はこの初動捜査で決まってしまうのであり、供述調書の作成過程や供述の矛盾を調べることは、捜査=証拠作成過程に入りえない被害者にとっては、唯一の争点事実の検証作業であり、証拠入手過程なのである。特に医療事故や労災事故では、警察が入らないのが一般であることもあり、独自の証拠保全の道があるのに対して、交通事故は警察の独占的な調査がなされており、被害者や遺族は排除されていることに気付いて頂きたい。病的なシステムを生んでいるのは、検察の不起訴減少政策と捜査情報非開示なのである。
本件はたまたま、供述調書と捜査報告書が任意に提出されたが、供述調書についていうと、肝心の不起訴を決定づけた証拠部分(TG員面調書供述の『停止してから衝突するまで10秒以上』という部分)は実況見分調書に記載のない部分であった。それも事故から20日後を経て、被疑者調書を担当した警察官の作成した文書であって、先に自分で作成した被疑者調書と符合するように作成することとなるのは、警察官本人にとっては、当たり前といえば当たり前であろうが、被害者遺族にしてみたら、杜撰極まりない捜査であり、ねつ造といわざるを得ない。また本件では最後に何と交通課の課長と係長がねつ造を捜査報告書を作成してまで3人もの少年の供述をつぶしにかかる捜査が存在している。かかる捜査報告書や供述調書の安易なねつ造という捜査の実情を見るとき、検察がどうして、警察の捜査の不正義を感じないのであろうか。正義より事件処理の効率のみを追及するのが日本の検察なのであろうか?
捜査報告や供述調書が開示されないから、供述調書のねつ造が発生し、ねつ造の捜査報告書を作成するのであり、病的捜査が行なわれているのである。単に、原告の民事上の問題にすまないのである。起訴率11%では、交通事故はどうせ不起訴になるのであるからという捜査の士気が腐敗しているのである。この責任は検察の事務処理効率化のための、事件数を減らす為の『非犯罪化政策=不起訴政策』にあるし、またこれを背後で支えて、捜査が一切判明しない制度=不起訴事件非開示制度にあるのである。かかる実態の議論をしないで、形式的議論しか出来ない検察や法務省に、法の番人の役割を期待できるわけがない。

 平成14年11月に出された本の中に、東京地裁27交通部河邊義典裁判官の象徴的な言葉が出ている。
『事故態様に争いある場合には、刑事事件としては、勢い、不起訴処分となることが多いといえます。そして、不起訴処分となった事件については、刑事記録の送付嘱託をしても、検察庁は実況見分調書以外の書類については、「刑事訴訟法47条の趣旨にのっとり送付には応じられません」として、送付を断ってきます。重要な目撃者がいても、その供述内容が開示されないのはもとより、普通は、警察、検察庁は、目撃者の住所、氏名を教えてくれません。交通事故の当事者本人についても、供述調書が開示されないために、一番知りたい、事故直前に双方がどのような供述をしていたのかがわかりません。
 このことは、事故態様に争いのある事件について、民事訴訟における事実認定を極めて困難なものにしております。目撃証言等が明らかにされないために、裁判が長期化し、真相の究明に困難を来しているという事例が少なくありません。捜査機関が不起訴記録を開示しない理由も理解できないではありませんが、そのために司法全体としては、大変大きなマイナスが生じています。刑事訴訟法47条但し書きにいう「公益上の理由」を考慮すれば、民事訴訟において、必要がある場合には、不起訴記録を開示すべきであります。
 私どもは今後、機会あるごとに、法務省、検察庁に、不起訴記録の開示を要請していきたいと考えています。』(ぎょうせい 14年11月出版 新しい交通賠償論の胎動43p)裁判官なので、言葉は極めて控えめであるが、現場の裁判官がここまでいうのは裁判現場がどれほど混乱したり、無駄な審理をしているかを示す証拠である。声にしなければ変わらない被害者排除システムの象徴が、検察の横暴のために司法に存在しているのである。

非開示の根拠(2) =47条説
 被告国は刑事訴訟法47条を唯一の根拠とし、次のように主張する。
『刑事訴訟法47条は、訴訟に関する書類が公判開廷前に公開されることによって、訴訟関係者の名誉を毀損し公序良俗を害し、又は裁判に対する不当な影響を引き起こすこと、刑事責任追及のために収集された各種証拠が広く他の目的に利用されることによって、捜査協力者の検察運営への信頼ないし将来の検察運営への協力確保に支障を来すことを防止する趣旨の規定であり、訴訟に関する書類は、捜査機関が国家刑罰権の行使の目的のために強大な捜査権を使って収集したものであるから、これが他の目的に利用されることが一般的に許されるようになれば、検察権の行使に対する国民の信頼や協力に影響するところが大きく、将来の検察運営そのものに支障を来すことになりかねないことを考慮して設けられた規定である。』と。

反論
しかしながら、交通死亡事故においては、死人にくちなしの捜査が行なわれているのが実情であり、不起訴政策のもとではなおさらであり、被疑者も一般犯罪のような扱いもされず、逮捕拘束もされない場合がほとんどである。いわば加害者の供述通りの捜査がなされているというのが、交通死亡事故の遺族の会や交通死被害者の会などでの共通の声である。
国の主張の『捜査協力者の検察運営への信頼ないし将来の検察運営への協力確保に支障を来すことを防止する趣旨の規定であり、訴訟に関する書類は、捜査機関が国家刑罰権の行使の目的のために強大な捜査権を使って収集したものであるから、これが他の目的に利用されることが一般的に許されるようになれば、検察権の行使に対する国民の信頼や協力に影響するところが大きく、将来の検察運営そのものに支障を来すことになりかねない』としたのは、これからの公判を迎える事件を念頭においたものであるし、被害者の民事上の権利侵害となることを容認したものではない。
たとえば、現実に公判にならずに略式裁判=罰金で終了した事件については、供述調書や捜査報告書は開示されている現実すらある。これは被害者の民事上の権利への配慮の一つである。これを国はどう説明するのか? 
日本の刑事手続きには司法取引がないとされているが、このためか、民事的権利への影響については、検察は先の主張のように極めて鈍感である。法規制によって、被害者や遺族の蒙る迷惑や権利侵害、立証妨害の被害については、知らぬ存ぜぬである。およそ正義を旗印にする法務省検察のいう言葉ではない。

『刑事責任追及のために収集された各種証拠が広く他の目的に利用されることによって、捜査協力者の検察運営への信頼ないし将来の検察運営への協力確保に支障を来すことを防止する趣旨の規定であり』というが、交通事故の捜査は主としては刑事責任追求のため収集されたものであろうが、それだけではない。特に捜査独占のため、民事上の調査や証拠保全について、被害者や遺族は完全に排除されている。争いの当事者が事故直後から完全に排除されているのであるから、これを補完する制度が当然に必要であり、捜査記録は開示されるのが当然である。捜査独占制度でなければ、国のいうことももっともであろうが、実際には事故の調査、証拠保全は警察や検察の捜査権限によって完全排除されているのであって、そのため捜査情報の完全開示は必要なことである。

『広く他の目的に利用されること』を原告は主張しているのではない。被害者の民事上の権利を行使する為に開示を求めているのである。国はすり替えの議論をしている。

『訴訟に関する書類は、捜査機関が国家刑罰権の行使の目的のために強大な捜査権を使って収集したものであるから』というが、それはある意味で被害を受けた被害者のために、被害者の代りに仕事をしているのである。国家刑罰権の行使といっても、そもそもは被害を受けた被害者から委託を受けた関係にあることを忘れているのが検察の姿であろう。
国は刑罰権の行使の為に収集したのだから民事裁判などには使わせないという主張のようである。しかし、民事裁判を提起して記録の開示が認められなければ、証人尋問をするしかないが、これは訴訟審理上ほぼ無駄である。というのは、事故直後に目撃者は仕事をしたと思っているし、時間もたっているのだから、記憶などほぼ消失しているのが当たり前である。
この点について、検察庁の基準によれば、供述調書や捜査報告書などは、証人尋問などで『代替できる』と擬制して、記録が開示されなくともかまわないとしている。しかしながら、本件についてみても、(1)K捜査報告書のK証人は捜査報告書の内容にない事実を証言した(報告書では中学生なのに、証言では小学生風の3人)し、また目撃者のうち、(2)Mは本件交差点の手前の交差点を直進したかどうかについて、員面調書では『直進した』としているのに、証人尋問では、『事故交差点の手前の交差点を右折し、事故交差点へ走行した』と偽証しているのである。また重要な(3)目撃者TGに至っては、員面調書で述べたとされる『停止してから衝突までは10秒〜20秒』は証言では一切述べていない。これらについて、交通事故損害賠償訴訟では、証人尋問を繰り返し、3少年については、ほぼ2回ずつ行い、警察官2人、目撃者M、TG、Fなどの尋問を行なったのである。ところが提出された員面調書などを見ると、調書の内容をそのまま復元したものは皆無であった。すると検察のいう『代替性』の基準は擬制であって、現実には存在しないのである。極めて当たり前であろう。事故直後の記憶は調書記載前後では覚えている場合もあるし、警察官の誘導によって記載されるものもあろう。それを数年経ってから、民事法廷で証言を求められても、事故直後の供述通り証言することは不可能なのである。

さらに国は
『他方、同条ただし書きは、国政調査権に基づく訴訟書類の提出要求や民事訴訟等における裁判所の証拠決定による刑事事件記録の取寄要求があり得ることから、両者の調整を図るために規定されたものであり、このような規定の趣旨を踏まえて、訴訟に関する書類を公にすることによって得られる利益がこれを非公開にすることにより保護される利益に優越するか否かの判断を、文書保管者であるとともに、刑事裁判や将来の検察運営への影響等を的確に判断でき、しかも当該訴訟に関する書類を十分に検討し得る立場にある検察官の裁量にゆだねたのである。』という。
しかしこれはごまかしである。今日迄民事訴訟上、捜査報告書や供述調書が開示された例はない。先日の毎日新聞でも報道されている。極めて広い裁量どころか、絶対禁止である。ごまかしも程がある。裁量に委ねられているのであれば、裁量で開示が許された例を示していただきたい。
この点強く釈明を求める。検察は横暴すぎる。今までこの裁量で開示を許された例はないのに、ごまかしの議論を延々と行なっているのは遺憾である。
『供述調書等については、訴訟関係人の名誉や公序良俗の保護、裁判に対する不当な影響の防止及び捜査協力者への信頼ないし将来の検察運営への協力確保という観点から、原則として供述人が死亡するなどして代替性がないと認められる場合にのみ開示し、』は以上の理由より不当である。
なお、アメリカの捜査当局者の日本の非開示制度についての意見は信じられないというほどである。アメリカの検察当局から見ると、「日本の検察当局が捜査情報を公開しないのは警察の不当な捜査を隠すもの」との指摘がある。供述調書や捜査報告書が提出されないのであれば、まさに警察の不当な捜査を隠すものと言わざるを得ない。

『供述調書と証言が著しく相違する場合は、証言と相違する検面調書の供述要旨を回答することとし』とするが、これでは、目撃者が後日民事裁判で証言してもすべて偽証となることを意味する。警察官の誘導によった場合が実は交通事故の目撃証言など多いのが実情である。というのは一瞬の出来事だからである。この言い方は、民事法廷で言うことよりも、警察や検察の前で言うことが信憑性が高いという価値観であり、検察の調べ絶対とするようなものであり、裁判所の法廷を侮辱するものでもあろう。

最後に検察は交通部については、昭和61年からは副検事職を大量に登用しており、このため、副検事については被害者遺族の反発も強い。言葉は悪いが、野球で言えば2線級ピッチャーを配したのである。このため、あまり捜査を見る眼がなく、警察の捜査どおりの調書を検察調書としてまとめるだけである。本件H副検事もまさにこのタイプである。この副検事のために、3週間以下の傷害は不起訴とするというわかりやすい基準を作成したのであるが、これは現場において、多数の副検事がいるために不起訴を増やしたとも言われている。公判副検事については、遠慮した法廷姿勢といわれている。このため法廷を避けるために、不起訴事件が増えているのではないか、と思えるほどである。
おそらく検察庁が恐れていることは、捜査の不手際によって、不起訴となった事案も多く、その発覚を防ぎたいのであろう。本件はまさにそうである。実況見分調書にない供述を供述調書に記載し、かつ捜査報告書をもって、3少年の供述を封じ込めようとする姿勢は暗黒警察のやり方である。かかる不当な捜査を隠そうとする非開示制度の目的は違法な捜査や不当な捜査の発覚を防止する為としかいえないのである。
交通事故事件について、不起訴原則とする政策をとり、副検事職という2線級ピッチャーを投入し、かつ非開示とした密室扱いとする検察の姿は情けないといわねばならない。