『嫌疑不十分で不起訴』 平成14年10月9日
 

起訴を求める4万人の署名にもかかわらず、不起訴となった徳島の野口さんの事件は、結局不起訴の結論ですが、嫌疑不十分という理由でした。
検察は嫌疑不十分で済みます。でも遺族の持つ意味は、はいそうですか、で済みません。嫌疑不十分は、ある意味では、立証が100%出来ませんから、という理屈でしょうが、それでも戦って欲しいということが4万人の希望だったのですが。
しかしこの不起訴という結論は、検察は知らないと思いますが、重要なのは遺族への立証責任が過大であり、無限に降りかかるということです。将来的には虐待の扱いがあります。
遺族自身はある意味では、事故のプロでありますが、開示されない供述調書内容を求めて、目撃者に聞きまわったり、目撃者の証人尋問を繰り返す手続きとなります。民事上の真実を求める戦いは、一方的に遺族の負担となります。実際には供述調書や捜査報告書は、すべて事故後に調べ倒して、検察庁にあるのにです。加害者は不起訴ですといえば、反論した事となります。しかし遺族が戦いたい資料は開示されません。明らかに立証妨害です。裁判を受ける権利を事実上妨害し、奪っています。
これからの野口さんの苦労を知りながら、またもや無視して行く、という検察の姿勢が予想されます。 
 不起訴徹底主義と捜査情報非開示制度の行着く先は、遺族への限りない虐待といってもいいと思います。検察の姿勢は片山隼君事件で問題とされてから、一歩も前進してません。
被害者問題が本当に必要なのは、検察だけといっても過言ではない気がします。