信号周期表 平成14年4月27日
 

 交差点の死亡事故において、信号周期表が問題となるケースがよくあります。

(1)不起訴事件
不起訴事件で、信号周期が問題となったケースに大阪府下の交差点で発生した中学2年の平成8年の死亡事故がありました。被害者のすぐ前を走行していたという3少年が事故の音を聞いたという地点は30mでした。信号周期表で加害者の信号はどうなるか?
事故当時、信号周期表の開示は認められていませんでした。不起訴後に、検察庁に弁護士法23条による捜査記録の開示を求めましたが、【実況見分調書】のみ開示されただけで、【信号周期表】は非開示でした。民事提訴後、裁判所の送付嘱託により、信号周期表がようやく開示されました。その頃は検察も正式には信号周期表の開示に応じてない時だったので、画期的でした。(その後平成12年に不起訴事件について開示対象を拡大すると法務大臣の見解が発表されました。実況見分調書のみだけでなく、鑑定書や信号周期表も開示すると。)信号周期表を入手してCGを作成したのです。今では、信号周期表は入手できるようになりました。
ところが、民事裁判官は信号周期は事故の瞬間の信号周期表ではない、と判決で述べました。警察官が調べた信号周期が信じられないのであれば、遺族は何を根拠に立証したらよいのでしょうか?ええかげんな裁判官か、捜査がいいかげんなのか、どちらしかないのですが、付けは結局遺族が持たねばならないのであって、不条理はなはだしいです。

(2)捜査中の事件
逆に、最近相談を受けた事例で捜査中の事件であるにもかかわらず、信号周期表が詳細に公開された例もあります。徳島の野口さんという遺族が2万人もの署名を集めた事件です。これなど捜査中であるにもかかわらず、捜査機関が捜査情報を捜査段階で公開したものであり、被害者対策としては画期的なことです。これに基づき、遺族は信号周期表をベースにCGを作成することが出来ました。捜査中なのにです。検察に提出して、捜査は続行となりました。署名活動も出来、2万人の署名も集まりました。
この事件は徳島駅前の大きな交差点で、発生しました。事件当初、加害者は赤信号無視と認めず、信号は青というのです。決定的な目撃者は見つかりませんでした。むしろ警察は加害者の供述に沿う目撃者で固めているようでした。野口さんは独自に探しまわり、何人かの目撃者を見つけ出しました。決定的でありませんでした。警察などに目撃者を見つけたと報告しても、警察官の調べは遺族に対するものとは違うように調書が作成されるからでした。集まった証言を元に野口さんはCGを作成しました。それを根拠に検察へ捜査をきちんとして欲しい、内容の上申書を出しました。検事の対応も違ってきました。その上で、街頭での署名活動を連日されるようになりました。四国の徳島で、なんと2万人の署名が集まりました。その中に目撃者が現われた、という事件です。
 きっかけとなったのは、捜査段階で、野口さんたちが信号周期表を入手でき、CGを作成して事故の再現ができることとなったことです。マスコミが取り上げ、検察の態度も変わり、署名も沢山集まり、目撃者を探し出す事が出来たのです。信号周期表は捜査情報の一つとされてます。それが捜査段階で入手できた事によって、野口さんの事例は真相を遺族の手で究明できたのです。捜査情報を開示しないやり方に対する遺族の反撃が始まりました。

(3)公判事件
公判事件で、業務上過失致死罪とひき逃げで実刑となった事件がありました。遺族が損害賠償の交渉を損保弁護士とすると、損保会社は被害者の信号が青ではなく、黄色であるとして、過失相殺してきました。刑事の公判事件では争点とはなっていないのにです。
相談を受けた時には既に1年数か月経過していました。信号周期表の保存期間は1年とされている為に、この信号周期表を入手できるかが、問題です。一般に信号周期表の保存期間は1年とされています。信号周期表自体を入手できなければ、加害者の供述どおりと認定されるからです。記録の保存期間をわずか1年と限定する事自体、被害者の権利を侵害するものです。警察だけが調べるのであれば、1年というのが大体の基準でしょうが、事故後捜査が終わってから、遺族は捜査に不服があったり、不当な捜査であると訴える例が交通死亡事故では実に多いのです。特に死亡事故では【死人にくちなしとして処理】されているのではないか、という疑いを遺族は持つ場合がほとんどです。しかも、捜査記録はほとんどの事件で加害者の刑事処分終了後でないと、入手できません。そうするとそれを見てから争そうとしても、1年は経っているから争えないのです。遺族の争う道は閉ざされているのです。