中間利息論(2)
― なぜこれまで5%が当然とされてきたのか? ―
平成14年3月28日
 

中間利息とは、今被害者が預貯金をしたとして、5年後、15年後に受け取る運用利息分である。
例えば、郵便貯金は国民の大多数が利用しており、定額貯金は高利率商品とされてきたし、信託銀行の信託預金も高利率とされてきた。都市銀行の定期預金も高利率の時代もあった。昭和27年から平成3年頃までのこれらによる運用利率は昭和62年頃を除けば、年率5%を超えて当然であり、昭和49年や55年などは8%にまでなった時代も合ったのである。常時5〜8%の運用利率だった時代である。これらの定期預貯金に比べると普通預貯金の金利はどうだったかというと、2%前後であった。したがって、被害者が逸失利益を受け取っても、預金さえすれば、相当利率による運用はできたのであって、運用に熱意のある被害者が運用しようとすれば5ないし8%の高利運用もできたのである。かかる状況のもとでは、中間利息を5%とすることで加害者と被害者の損害分担を図る調節機能があったのである。中間利息5%はなんとなく通用していたのではなく、不法行為法の根本理念『加害者と被害者の公平な損害分担の理念』が通用していたのである。現実に5%以上もの運用利率を上げることも出来た時代での分水嶺の数字だったのである。損害の分担を図る事になっていたのである。昭和27年以降の定額貯金や信託定期預金の推移を見れば、5%の運用利率の収益をあげることは容易だったのである。
つまり5%とされていたのは利害調節の数字として最も適切だったのであり、慣例にすぎなかったのである。慣例として5%中間利息が成り立っていたにすぎないのである。
したがって、この時代に5%が疑われる事はほぼなかったのである。民法404条が制定された趣旨の中にあるわけではない。事実たる慣習というべきものだったのである。