交通事故でお子さんを亡くされた遺族の気持ちをわかり、共感を呼ぶ本 平成13年8月31日
 

1 遺された親たち
実際に自分の子を突然の事故でなくされた親御さんの気持ちは一般には理解をこえるものがあります。新聞紙上で最近よくある子供の虐待とはおよそかけ離れた切なく、深い悲しみの連続があります。あまりにも深いために、孤独感にさいなまれる人達の姿があります。
「遺された親たち」(あすなろ社)は元朝日新聞記者だった佐藤光房氏が1992年6月から1999年1月までの間に書かれた6巻の交通事故によってお子さんを亡くされた親御さんたちからの聴取にもとずくドキュメンタリーでありますが、交通死亡事故の悲惨さ、遺された親の悲しみ、戦い、システムの理不尽さ、司法の無力、など淡々と訴える名著であります。被害者の自助グループのさきがけとなった団体の全国交通事故遺族の会が知られるようになった契機の著でもありますが、佐藤さん自身もお嬢さんを亡くされた遺族当事者でもありますから、その内容には怒りや悲しみを吸い上げた上での説得力に迫力があります。システムの矛盾や怒りも十分に表現されています。加害者が保護されていくシステムへの怒り、悲しみもそうです。佐藤さん自身体調不良のためか、第6巻で終刊となっております。残念です。

2 悲しみがやさしくなるとき 子供をなくしたあなたへ
 ドキュメンタリーの内容ではありませんが、お子さんをなくされた親が言葉や生きていく上でのサインとなるような内容のある本が最近出ました。「悲しみがやさしくなるとき 子供を亡くしたあなたへ」(東京書籍白根美保子等訳)があります。東名高速で2人の女児を飲酒運転による事故で亡くされた井上郁美さんの依頼に基づき、訳されて出来たほかほかの新刊です。2001年8月30日付けの発行です。自らもエミリーというお子さんを亡くされたエリザベスメーレンという母親の原著の訳本であります。集約された生きていくうえでの言葉が随所に光ります。どうして生きていっていいのかわからないと悩んでいる母親のなかにはこれだという表現に思い当たる内容があるでしょう。井上さん自身が抜粋されている表現では次の言葉があります。
「いつかは必ず、初めの頃のように押しつぶされることなく、亡くなった子どもを思うことができるようになります。亡くなった子供に対する裏切りであるかのような罪の意識を感じることなく、愛したり、笑ったり、太陽の光を身体いっぱいに浴びてしあわせなき持ちになったりすることができる日がきっと来ます。そして子供が生きられなかった時間を、子供の代わりに、或いは子供とともに生きているのだと実感するようになるでしょう。私達の傷は癒えます。でも子どもが私たちのもとを離れることはありません。思い出と共に生きていくことーそれは癒しの一部なのです。」
 事故から数年経っても生きていくすべを探す余裕もないような母親に向けられている言葉です。これからどうしていっていいのかわか らない親にはまず気持ちやこころについて同じ体験を持つ人たちのことを 書いたこの本を薦めます。

3 もう一度会いたい 遺族の手記
13年3月に発行された被害者支援都民センターから出ている 小冊子「もう一度会いたい 遺族の手記」は飲酒運転等の悲惨な事故を体験された遺族の手記でもあります。
飲酒運転の被害者井上夫妻や鈴木共子さんらの名前があります。添削をされていないので遺族の生の声に触れることができます。鈴木さんや井上夫妻は命のメッセージ展を全国各地で催され、命の尊さを連日訴えられ、また飲酒運転の厳罰化を求める署名活動を全国の街頭でなされてもおります。

4 犯罪被害者支援の軌跡
また、この被害者都民センターの支援相談室長代理の大久保恵美子さんがみずからの被害者支援運動の軌跡を書かれた「犯罪被害者支援の軌跡」(少年写真新聞社 大久保恵美子著2001年8月1日発行)も最近でておりますが、子供さんをなくされた母親である大久保さんが被害者支援活動をしたり、自助グループ「小さな家」を運営 
される軌跡がかかれています。遺された親のすさまじい戦いの記録でもあります。  
交通死遺族が悲しみを乗り越えて、そのうえ犯罪被害者の支援に積極的に携わっていくという遺族の一つの生き方を示している本でもあります。
 子供さんをなくされて、どう生きていったらわからない、という母親に強烈なメッセージを与える本でもあります。

 これらの本を一読されることを、お子さんを無くされた親御さんに、そして司法関係者にも勧めます。