悪質交通事故でもある手抜き捜査システム 平成13年3月6日
 

東名高速での2女児焼死交通死亡事件や神奈川での2大学生交通死亡事件等では、遺族が刑の軽さに対する強い不信感を持っていることが分かる。ところが、警察や検察は、刑云々以前に、悪質な飲酒運転事故でも手抜きをし、加害者に対し最小限の制裁に留めているのである。

1 Mさんの死亡事故(最大限の手抜き捜査と最小限の制裁処分)
Mさんは、平成12年3月17日に飲酒運転事故により死亡した。大和高田市大東町のT字路交差点横にMさんの勤務先の会社事務所があり、Mさんは勤務を終え、奥さんが車で迎えに来てくれるのを事務所前に座って待っていたところ、酔っ払い運転の車が直進走行して来て、会社事務所へ突入した。それにより、そこに座って待っていたMさんは即死されたのである。
Mさんは大学卒業後この会社に勤務し、その日が従業員として勤める最後の日であった。翌日からは、役員着任予定の本社に変わることになっていた。それが酩酊状態の加害者の車が安全なはずの事務所に突っ込んで来て、Mさんは死亡されたのである。
加害者の事故前の行動は、飲み屋で意識が無くなるほど飲み、Mさんの事故を起こす前に、他の車に追突して3人に傷を負わせ、その上ひき逃げしている。その後、結局T字路を曲がり切れず直進して、Mさんの死亡事故を引き起こしたものである。刑事裁判では業務上過失致死罪で起訴され、加害者の刑は懲役1年6ヶ月となった。
(1)民事裁判で遺族が初めて知った事実
平成13年2月から民事裁判が始まり、遺族は民事裁判になってようやく捜査記録を見ることができた。そこで初めて、加害者がMさんの死亡事故を引き起こす直前に追突事故を起こし、乗車していた3人に傷害を負わせ、その上ひき逃げをしていた事実を知ったのである。加害者の起こした事故は、1人の死亡事故だけではなく、3人の傷害(傷害程度は2週間程度)とひき逃げを含む4名の致死傷罪という重大事件であった。
しかし加害者への刑事裁判は、被害者1名の死亡事故に対するものだけで、3人の傷害の業務上過失傷害罪とひき逃げ(道交法違反)は処罰の対象とされていない。記録により、警察が3人の傷害とひき逃げを送検していないことが判明した。
なぜ警察は、この様な重大事件に「手心」を加えているのか。遺族に聞くと、加害者の親戚に大阪府警勤務の警察官がおり、公判にも出ていて、加害者側がその警察官に相談しているのではないかとのことであった。1人の死亡事件だけで送検され、裁判での加害者の刑がわずか1年6ヶ月という結果を聞く限り、3人の傷害事故とひき逃げを事件にしない旨の依頼があったのではないかと邪推が働く。そうでないと警察が言うのなら、構造的な病的システムに問題がある。
(2)手心
この重大事故で警察は、3人の傷害事故と引き逃げを事件として送検せず、「手心」を加えているのである。仮に、示談が3人と成立していたとしても、遺族はそうですかとすぐに納得できるものではない。事件における違法性は、事件全体が判明してから決定されるべきであり、警察が安易に不処罰を決めてはならない。警察の処分への関与は、あまりにも度が過ぎている。
また、副検事の対応も、遺族に対し「示談はまだ?」と聞いてきて、示談をしないのが悪いかのような口ぶりであったとのことである。まるで加害者の刑事弁護人のメッセンジャーボーイであるかのようで、検察の仕事とは到底思えない。論告書面を検討しても、「追突事故」と触れているのみで、制裁を求める役割を果たしているとは思えない。
奈良県警と奈良地検葛城支部は、本件が4人の致死傷事故という重大事件にも関わらず、「最大限の手抜き捜査と最小限の制裁処分」をしているのである。原因をさかのぼれば、昭和61年に開始された検察の分離主義(飲酒していても傷害が3週間以内であれば業務上過失致死傷罪としては起訴せず、不処罰とするという業過致死傷罪と道交法の分離主義)に端を発する。「飲酒運転をしても結果がたいしたことなければ重く罰しない」というものである。この時点から、交通犯罪において、最小限の制裁主義が始まったと思われる。今、新たに、業務上過失致死傷罪が発生しても、致傷罪と致死罪とを分離するかのようなやり方が行われようとしており、そこにはシステムの病的構造がある。

2 K君の事故(手抜き捜査及び制裁せず隠蔽するシステム)
貝塚市のK君(当時高校2年生)は、平成8年7月14日に加害者の飲酒運転事故により死亡した。運転者(加害者)は元上司から酒席に誘われ、その上司を迎えに行き、スナックで酒を飲んだ後、上司を送って帰る途中、赤信号を無視し、バイクを運転していたK君を死亡させる事故を起こした。衝突後、運転者はひき逃げをして、元上司の知人の工場に加害車両を持ち込んだ。そして元上司が衝突箇所の部品を引きちぎり、運転者に「休んでいくか」とまで言ったとのことである(運転者の供述)。運転者は、業務上過失致死罪、赤信号無視、ひき逃げの道交法違反という極めて悪質なものであったが、刑事裁判の刑は1年8ヶ月であった。しかし、同乗者である元上司に対する処分は、何らなかったのである。
(1)初めて知る事実、手心と手抜き
遺族がこの事実を知ったのは、民事裁判になってからである。民事裁判までは警察に聞いても何も教えてもらえず、遺族は、同乗者がいることさえ知らなかった。民事裁判になってようやく刑事記録を見ることが出来たのである。そこでこの事故が、元上司が飲むために誘い、迎えに来させてスナックで飲み、元部下(加害者)に送らせる途中で起こったことを知り、遺族は驚かされた。記録を読んでいくうちに、元上司は、衝突箇所の部品を引きちぎるという証拠隠滅までしており、ひき逃げまで教唆しているのである。しかし警察は、なぜか元上司を検察へ送検せず、事件としていないのである。
(2)検察の隠蔽体質
当初の記録は、検察に許可をもらってコピーしたものであるが、そこに元上司の調書はなかった。元上司は民事裁判に出席して、「警察でも検察でも言い分を述べて署名をした」と言っている。そこで「検察は記録を隠蔽しているのではないか」と民事裁判官に申し出て、元上司の調書を取り寄せた。
実質的に、元上司は飲酒運転を命令し、かつひき逃げをさせ、挙句の果てに証拠隠滅までしているのであるから、運転者が懲役1年8ヶ月であれば、この元上司の刑は2年以上となって然るべきである。ところが検察は、警察の「手心」を許した上で、この元上司の不処罰が判明するのを恐れて刑事記録のコピーを許さなかったのである。悪質な事故の捜査において、最大の手抜きシステムが警察、検察の連携によってなされているのである。
(3)厳罰化の法制に実効があるのかは疑問
飲酒運転は、アルコールで神経が麻痺した状態で、凶器にもなり得る車に乗るわけであるから、常に無差別殺人となる可能性があり、公共危険犯の性格を帯びている。日本は飲酒が許されている社会であっても、飲酒運転が許されているわけではない。しかし、社会や国はこれを放置してきたので、これを厳しく取り締まるべきというのが飲酒運転罰則の法制化である。しかし、交通警察や交通検察の現場では、悪質な飲酒運転でも「最大限の手抜き」をしているのが実態であり、これをどう解決すればいいのか答えは出ていない。腐敗した処理システムと士気の喪失に厳罰立法の効き目はあるのだろうか。