重度後遺症被害者の不当に低い介護費 平成13年2月21日
 

なぜ裁判所は実態とかけ離れた介護費用の認定しかできないのか?

1 介護費用に関する判例の分析
重度後遺症事案の介護費用について最近の判例を分析すると、2つの基準を用いる認定ルールが見受けられる。
まず、現実に近親者が介護にあたることが出来るのかどうかを決め、次にそれぞれの1日当りの単価を算定する、というルールである。
(1)1番目の基準によれば、近親者が介護出来る場合には近親者が介護すべきであり、職業介護者の必要性はないとされている。
(2)介護費用の単価は近親者で5千円位、職業介護者で1万円位とされ、職業介護費用でも1万円位が上限である。近親者の介護の場合と職業介護者の場合とで2倍の格差がある。

2 裁判所の介護費認定のシステムの問題
(1)近親者が介護をするのが当然という判例の考え方
事故に遭わなければ被害者の家族は介護などする必要はないのだから、家族が介護するのが当然という考え方自体に問題がある。事故のリスクを家族が負うのは当然だ、とはあまりにも封建的な認定システムである。
(2)近親者の介護費
近親者の介護費は職業介護者と比べて2分の1であり、かつ5千円と不当に低い金額である。介護費の分担を、加害者側ではなく家族の労働で分担させているのだから、不法行為法の理念である「被害者保護」や「損害分担の公平」に明らかに反している。
(3)介護費用の認定の低さ
介護保険制度の介護費用等や介護費の相場からすれば、交通事故の裁判で認定される介護費用は職業的介護費でも1万円とあまりにも低すぎる。介護保険制度においては、寝たきりの場合の介護であれば、1時間当り4,020円とされている。1日8時間労働として計算すると、裁判で認定される介護費は、介護保険の介護費と比べて3分の1以下となる。介護保険制度は福祉政策によるものであり、介護費認定は損害賠償裁判の理念である損害分担の公平から帰結されるものであるという制度の目的の違いはあるとしても、どちらも国の介護費認定システムなのだから、これほど格差があると裁判に対し不信感を抱かざるを得ない。

3 問題が生じる原因
(1)介護の現場や実態を見ない裁判官
介護費の認定のためには、その前提として介護の実態の正確な把握が必要だが、裁判官は介護の実態を見ようとはしない。裁判官が介護現場の検証をすることは稀である。ここに第1の原因がある。
交通事故損害賠償の裁判では、警察の捜査書類があるため、通常は現場検証などしない。しかし、事故情報に対しては捜査書類があるとしても、介護の実態についてはそのような書類はないにも関わらず、裁判官は、事故現場はもちろん介護現場も見ることはないのである。
被害者やその家族は、裁判官に介護の実態を理解してもらうために介護の現場を見て欲しいと望むのだが、裁判官は介護現場を見ようとはしない。裁判所の介護費算定システムは、介護の内容を問わず、近親者が行えばいくらとあるのみなので、裁判官は介護現場など見る必要がないと思っているのである。しかしながら、介護の実態を見もしないで重度後遺症の介護費がどれくらいかを適切に判断することができるのだろうか?
適切な介護費を判断するには、介護の内容や実態を明らかにすべきで、例えば以下のような項目を検討すべきである。
・ 床擦れ防止のための体位変換作業を1日何回するのか
・ 排出物の作業に関わるのかどうか
・ 身体を拭く作業をするかどうか
・ 入浴作業をするかどうか
・ 体温測定作業や体温調節作業があるか
・ 昼夜を問わない介護作業の有無があるかどうか
・ 常時の監視作業をしないと危険かどうか
その程度によっては近親者も仕事を退職せざるを得なくなる。この点も介護費算定の判断基準ともなるので、重要な作業である。
(2)定額化・定型化要請などの損害認定システム理念
第2の原因として、交通裁判に関して今の裁判所は基本的ルールに従って損害を認定していることが挙げられる。控えめに認定すべきである、という「控えめ認定原則」や死亡の慰謝料を20歳であれば2千万円など命の値段を商品の値段のように決める「損害の定額化・定型化の要請」と言われるものがある。事件によって判断基準がばらばらであっては困るということで全国的統一性が必要だということから考え出されたものである。
この定額化の要請などは間違いではないのかもしれないが、その控えめ認定原則は、被害者や被害の実態を見ないで形式的に審理するという構造を生み出している。横並びの金額しか裁判官の頭にはないのかもしれない。たとえ介護の現場を見てもらえても、裁判官は相場に反するような判断はしない。これは損害賠償法の被害者保護という根本理念に反している。
(3)裁判システム −被害者参加排除システム−
第3の原因として、被害者やその家族の声が届きにくいという司法システムの問題がある。裁判所は法秩序維持という考え方から被害者の声が届きにくい、被害者を排除するシステムとなっている。
被害者のいる事件は一般事件と異なり、被害者は真実を明らかにしてほしい、被害の実態も見てほしい、と願うのだが、その声はなかなか伝わらない。もちろん被害者にも弁護士が就いているが、弁護士も裁判官も金銭的な評価だけでよいと考えていることや、裁判は書面での審理が中心であることから、重度後遺症の被害者の声は伝わりにくくなっているのが実情である。

4 対策論 −何が必要か?−
では、交通事故の被害者を本当の意味で救済するためには何が必要なのか?
今、被害者問題が社会的テーマとなっている。「社会のシステムから被害者が排除されている」「被害者への理解がまったくない」「加害者を大事にするシステム」などである。例えば、捜査情報は事故発生後即時に公開すべきであるのに、いつまでも被害者が捜査情報を知り得ないのはおかしい。
重度後遺症の問題でも介護の現場を必ず見ること、出来れば裁判官も介護の体験をすること、という現場主義が必要である。裁判官は被害者の声に接触する機会はまずないであろうから、被害者の会でのボランティア活動や、社会と接触することも裁判していく上で必要であろう。被害者の目線の位置が分からなければ、裁判もできないのではなかろうか。
毎日、介護に明け暮れる家族は社会から隔離された暮らしをしており、時としてそれは神経に異変を生じさせたりする。このようなことへの理解は実際に介護体験をして始めて了解でき、介護の苦労は見て、体験して初めて分かるものであろう。