4年の実刑とは! あまりに軽い交通死亡事件の刑 平成12年6月4日
 

1 4年の実刑判決
平成11年11月28日、東名高速道路で常習飲酒運転者の車が親子4人乗車中の車に衝突し、1才と3才の子供が焼死した事故があった。業務上過失致死傷罪の刑事事件である。長年飲酒運転を続けていた加害者に対し、検察は5年の求刑をし、判決は4年であった。
新聞には『遺族はあまりに刑が軽い』との記事があった。司法統計年報によると、平成9年における3年以上の実刑は2人だけであるから、裁判官の立場からすれば、これでも厳しい判決のつもりと思われる。しかしながら、かつて交通事故そのものを犯罪として厳しく取り締まる時代があって、昭和43年には刑法211条の業務上過失致死罪の法定刑を3年から5年に引き上げたはずであり、本件の判決が精一杯であったとは、到底思えない。法定刑の上限は5年まであるのだから、本件の場合5年にして当然であろう。量刑の基準が求刑の8掛けと言われも、被害者の遺族は納得できるものではない。
今回の問題は、交通事件の処理システムの運用について、警察・検察だけでなく、裁判においても甘い運用がなされていることを示唆している。裁判官は被害者側を見ていない。2人の子供を一度に失った悲しみ、しかもベロンベロンの酔っ払いに殺された悔しさは計り知れない。例え5年の実刑が言い渡されたとしても、遺族の悲しみが癒されるわけではないのである。

2 業務上過失致死罪の法定刑の背景と運用
業務上過失致死傷罪の刑は、昭和43年に3年から5年に引き上げられた。厳罰にする政策がもともとはあったのである。しかし、検察が自分達の仕事量を減らす目的で起訴回避の方針を執ったため、起訴率は70%台から13%にまで低下した。今日の緩刑化の根本的原因は、まさにここにある。以来、検察はもちろん、警察並びに裁判所も命を守る使命感がなくなり、ただただ、機械的な処理をしているように映る。
裁判官の今回の判決はそういう機械的な、極めて類型的な処理の一つであると言っても過言ではないであろう。この度の事件は、この運用の雰囲気が裁判の現場にも影響していることを示す事件だと思われる。
緩刑化の風潮をありがたく思うのは加害者のみであり、遺族には国家のシステムに対する強い疑問しか残らない。大切な家族を殺された遺族は深い悲しみと絶望の淵に突き落とされた上、国に対する不信の念まで抱かされることは、まことに不幸なことである。
フランスでは最近、飲酒運転に対する量刑が2倍にされた。イギリスでも同様である。どの国でも自動車が増えて交通被害者が増加しているので、その対策が必要になるのである。厳罰化こそ、交通意識の面で事故防止になることを根本政策にしているのである。
これに対し、日本はあまりに情けない。なぜなら、交通事故件数の増加に対し、検察庁が始めた起訴回避主義は基礎率を大幅に低下させ、そのために現場の警察官にやる気をなくさせ、裁判の現場でも「こんなものでええやろ。」という命の安売り傾向を呼び込んだ。今回の判決はまさに命の安売り、バーゲンセールの感がある。こう感じるのは私だけではないはずである。
一方で、平成12年の交通安全白書は交通事故による死傷者が105万人となったこと、1年間で5%も増えたことを指摘し、死者が減ったといっても高度傷害者が2倍に増えたことを指摘している。国は緊急事態であることに気付いていないのであろうか。国の交通安全政策の要は、道路の改善でも歩行者や子供の交通教育でもなく、ドライバーの意識改革にこそ、重点を置かなければならないのである。
車は凶器である。それを前提にして、それを運転するドライバーに注意義務の必要性をひたすら教える。飲酒運転は最もしてはいけないこと、飲酒運転だけで厳罰とし、事故を起こせば10年や15年の実刑はあり得るというように罰則強化を図らなければならない。そういう意味で、この国の交通政策は根本的に間違っている。この国では交通規範において、本家本元である検察や警察は、仕事をしたくないが為に起訴率を極端に下げ、その結果、法の順法意識を抹殺している現実がある。
交通事故の現場におけるモラルハザードは、警察、検察、裁判官など、交通事故の処理システムに関わる全員がかかっている病気であるような気がする。被害者や遺族が持つまともな感覚を失ってしまったようである。事故の被害にあって初めて知る加害運転手の意識の低さを実感するのである。交通モラルが喪失し、交通死亡事故が発生して、被害者が途方にくれる。この国の交通事故処理システムは病んでいるのではないだろうか。

3 立法の必要性
法務省は、平成5年の犯罪白書でフランスやイギリスの例を挙げ、日本の交通犯罪の実刑率を外国と比較して、韓国の4分の1、フランスの10分の1と余りに低すぎることを指摘した。改善が望まれる、悪質な事例には厳正な対処を、とあった。明らかに立法の必要性を示唆するものである。警察が内部基準を作って全件送致主義を止め、検察が起訴回避主義を執る以上、当然の数字である。悪質な事故に対しては10年以上の実刑がないと警察もやる気が起こらないし、検察官もやる気が出ない。指摘した犯罪白書から7年が経ったが、目下、なんの策も講じられていない。
法務省は無策の塊だろうか。身内の問題にふれなければならないからだろうか。検察の起訴回避主義、並びに、警察の全件不送致主義をこの際徹底的に改めないと、一旦緩んだ捜査の士気は戻らないであろう。