被害者の立場から見た「犯罪白書」(法務省)の読み方 平成12年3月13日
 

平成5年に法務省は、交通犯罪をはじめて犯罪白書の特集として取上げ、統計、刑事政策、刑事手続きの段階的意味、諸外国との比較、被害者感情の検討をしている(なお、平成11年には、一般犯罪の被害者を特集している)。この平成5年の犯罪白書を被害者の立場で読む。

1 通犯罪の現象面
警察の検挙件数は62万件と相変わらずの増加傾向を示しているにも関わらず、検察庁の処理状況は、これとは逆に、昭和61年以降は不起訴が増え、それとともに起訴が大幅に減少している。つまり交通犯罪は増加しているにも関わらず、検察は、その多くを不起訴処分にしているのである (223、231、232ページ)。

2 交通犯罪に関する刑事政策
この点、相反する2つの政策が見える。1つは昭和43年の業過致死罪に対する刑事罰強化であり、もう1つは昭和61年からの検察庁の方針転換による緩刑化である。法務省もこの相反する2つの政策が矛盾すると思ったのか、方針転換について説明している。
いわく、「国民皆必罰化は刑罰のあり方として適当でない。保険制度の普及で刑罰がなくとも被害者は納得する。交通事故の防止は刑罰のみに頼るべきではない。少額の罰金を科するのは罰金の刑罰としての感銘力を低下させ、刑事司法全体を軽視させる」というもので、これを納得させるにはとても苦しい説明である。
国民皆必罰を理由に挙げるのは苦しい言い訳にしか聞こえない。また、被害者にとって保険制度と加害者の制裁を求める気持ちはまったく別のものであるし、制裁を求める気持ちまで国から取上げられるのは納得できるものではない。交通事故を防ぐための最大の抑止力となり得るのはやはり刑罰のはずである。少額の罰金でも抑止力にはなるだろうが、だからと言って不起訴にする理由となるものではない。
むしろ問題は、何故こういった筋の通らない理屈を考えてまで、検察庁の不起訴主義や起訴回避主義を正当化しなければならないのかである。この点については既に述べたが、昭和61年の東京高検検事長が提案した技術的な理由による方針転換は、国の厳罰化の方針と相反する政策であったため、これを正当化しなければならなかったのである。この方針転換の結果は、後述する交通事犯の諸外国との実刑率の比較で明らかに表れている。緩刑化が日本の交通警察を骨抜きにした原因であることにさえ気づかない法務省は、検察擁護しか考えていないのであって、被害者保護を説く資格はない。

3 諸外国との比較(334ページ)
人口10万人あたりの自由刑に処された人の比較
  交通犯罪全体
  日本    1.9%
  ドイツ   8.7%
  フランス  19.9%
  イギリス  12.6%
  韓国    7.9%
加害者保護どころか加害者天国とも言えるこの数字に対し、法務省は、犯罪白書の結びで「危険悪質事犯に対し罰則の強化を図っている」「我が国においても悪質重大事犯に対しては、今後とも厳正な取締りと処罰が望まれる」と結んでいる。これは通常の感覚とはかなりずれたものであり、国民を騙していると言うしかない。

4 被害者感情 起訴の決定因子(262ページ)
公判請求事件中、被害者が、
処罰を望まない  64%
相応の処罰を望む 21%
厳罰を望む    12%
基本的にこれは情報公開されていない段階での話であり、また誰からこの情報を得たのかは分からない。被害者の会等でこの様な統計をとった場合、この様な数値にはならないであろう。