交通警察の業過事件の不当な運用と医療現場への不当な介入 平成12年3月10日
 

1 「内部規定漏らし交通事故を軽く処理」(朝日新聞 平成12年2月21日)の詳細は次のとおりである。

静岡県浜松市内で4年前に起きた人身交通事故について、県警浜松中央署の署員が加害者に警察内部の処分規定を漏らし、 これをもとに加害者が被害者のけがの程度を軽く書き直してもらった診断書を警察に提出したため立件されなかったことが、20日までにわかった。しかし、被害者の抗議を受けて同署が事故を再捜査し、加害者を業務上過失傷害容疑で書類送検した。同署は「内部規定を安易に漏らしたのは不適切な行動だった」としており、県警本部は全警察官を対象に、口頭で再発防止を指導する方針だ。事故は1996年暮れ、浜松市富塚町の交差点で起きた。近くの主婦(当時60)の自転車と同市内の整形外科医(同39)の乗用車が 出合い頭に衝突し、主婦はひざの骨にひびが入るなどのけがをした。 事故後、同市内の公立病院が出した被害者の診断書は 「15日間の加療を要す」となっていた。これを加害者の男性が同署に提出したところ、応対した交通課の署員が「けがの程度が2週間以内で、 悪質性が低い場合は送検しない」という県警の内部規定があることを漏らした。男性は公立病院の医師に頼み、「約2週間の加療」と 書き直した診断書を再提出。同署はこれを受理し、立件を見送った。しかし、主婦のけがは完治までに約8ヶ月かかり、「軽微な事故として処理されたのはおかしい」として、同署に加害者の処分を申し立てていた。これを受けて、同署は98年12月に実況見分をやり直し、男性を静岡地検浜松支部に書類送検。男性は昨年4月、浜松簡裁から罰金30万円の略式命令を受けたほか、30日間の免許停止処分となった。

この事件は、交通事故が警察の放漫な雰囲気の中で処理されていることを端的に示している。警察は、内部規定をもらしたことを問題にしているが、遺族から見ると問題点はもっと別のところにあり、より重大なのです。

2 問題点
これは「2週間以内の診断書が初動捜査で出れば警察は送検しなくともよい」ことを示し、実際は8ヶ月の傷害でも、初動捜査段階で2週間の診断書が提出されれば、警察のみの処分で事件は終わりです。こんなことを誰が決めたのだろうか。

(1)検察の過ちが先にあること
東京高検は、昭和61年に(当時の東京高検前田宏検事長により)、「3週間以内の傷害であれば、業務上過失傷害として起訴しない」という新基準を決めた。前田氏は、以前は事務次官で、行政畑の出身である。
この決定に全国の地検が唖然とし、現場の副検事が嘆いた。過失の如何に関わらず一定の傷害以下を一律不起訴にするという検察運営のどこに、命を守るという検察の理念があるのか?3週間以内の傷害で過失を問わないとすれば、事件は右から左へ片付くが、それでよかったと言えるのか?警察もどうせ不起訴なら捜査しなくてもよいということになるのではないか?現場の副検事からはこのような大きな疑問が出たという。
しかしながら、結果として、検察は昭和61年に命を守る使命を放棄し、また警察も検察に追随するように使命感を喪失していったのである。

(2)警察の現場も過ちを犯す
そして先の事件により、警察の現場においても「治療期間が2週間以内の事件は送検せず」という内部規定が存在することが判明した。この内部規定の存在自体、また平成12年になるまで知られていなかったことこそ問題なのである。昭和61年に湧き上がった全国の副検事の「警察もまたどうせ不起訴なら捜査しなくてもよいということになる」という懸念が実際に起こり、警察は独自に内部規定までも作ってしまったのである。
昭和43年に業務上過失致死傷罪は、刑の上限が3年から5年に引き上げられた。この流れは、覚醒剤取締り法にも及び、昭和48年、5年以下の刑が10年に引き上げられた。当時の国の方針は、悪質な運転や覚醒剤所持に対し、厳罰をもって取り締まることだったのである。
ところが、昭和61年、東京高検前田宏検事長によって、交通事故事件に忙殺されていた多くの副検事の仕事を助けるため、この立法の趣旨に逆行する緩刑化を行い、その結果日本全国の交通取り締まりを緩めることになったのである。前田宏氏は、その後、検事総長になっている。

(3)交通警察の「緩み」
検察、警察が交通事故に割く時間や人員は膨大であるが、これらを楽に処理するための政策のつけが、警察の不祥事となって多発している。昭和61年の東京高検のしたことは、警察のたがを緩め、副検事の能力を低下させ、日本の国民から規律をも奪いとったのである。検察は素直に非を認め、現状を正し、悪しき交通事犯に厳罰をもって対処しないと、緩んだ現場の士気を締めなおすことは出来ないことを肝に銘じるべきである。
これは、2週間とか3週間といった内容の問題でなく、その規定の存在自体が警察組織の雰囲気を緩めているのである。その証拠に、この事件の発覚した静岡県警は、実際の事故発生時刻も、加害者の言うとおり1時間遅らせており、加害者の救護義務違反にまで目をつぶろうとしていたのである。これは調書のねつ造であり、これもやる気のない現場が背景にあると考えられる。この事件は、警察の手抜き捜査の挙句、犯罪にまで至っており、警察の緩んだ雰囲気を象徴する出来事であった。

3 交通事故の医療現場への警察の介入
(1) 
次は、自動車保険ジャーナル(平成5年7月発行)に掲載された「交通事故診療をめぐる諸問題」の交通事故医療に携わる医師の会話を取り上げた記事である。交通事故における医療と警察との関係が示されている。

@ 交通事故の診断書は警察の要請で、見込みとつけて早く書かねばならない。
A 実際の治療は「見込み」の期間通りかというと、そうではない。事故直後に初めて患者さんを見て、その時点で将来の治療時期を正確に予測して書けというのは無理。警察は医師の力を過大評価しているか、形式的に必要だというに過ぎない。
B 刑事処分の判断資料として、 診断書による治療日数と加害者の過失度合いが、公判か略式かに分かれ、加害者の過失の度合いが低くても傷害が全治1ヶ月となっていると公判を開くことになっているようです。このため、医師の作成する診断書の日数は1ヶ月以内で、2週間とか3週間にとめることが望ましく警察の提出用の診断書は暗黙の了解のように3週間以内がほとんどとされている。なお、例えば、患者さんが10日後に人身事故扱いにして欲しいと警察に言っても、警察の診断書で1週間となっていると、人身事故扱いができないのだそうです。そのため、被害者が警察の診断書を書き直してほしいという機会も多いのですが、被害者が警察に電話して説明しても駄目なので、診断書を追加訂正することがあります。非常に不自然ですね。警察が診断書を早く出させようとするのも原因です。
C 頚部挫傷の場合の診断書は1週間から3週間と決めて、1ヶ月と書くことはありません。
D 損保担当者の中には、警察用の診断書を根拠と(交渉用に)しているのではないかと思えることがあり、困ってしまいます。しかし、警察用の診断書は、その程度のものだという理解を徹底してほしい。

(2)医療へ警察が介入することの問題点
2週間以内の傷害は不処罰としている警察の内部規定の作成や、医療現場への警察の介入など、警察は、仕事を減らすためにとんでもないことをしているのではないだろうか。警察が医療に介入することの問題点を具体的に次に挙げる。
@ 刑事処分
加害者の刑事処分の材料として、実際にかかった診療期間は考慮されない。医師ですら治療期間を予測できない事故についても、無理矢理「2〜3週間」として処理しているからである。しかもこれは2週間以内であれば警察限りの処分で終えられるので、永久に加害者は刑事処分を受けることはない。
また、被害者がこの処理に対する不服を警察に言っても、取り上げてはくれない。被害者が医師を説得し、診断書を訂正してもらい、さらにこれを警察に持参して初めて聞いてもらえるのである。ここまでしても、警察が必ず事件を再捜査する保証はないのである。
A 損保の取り扱い(特に鞭打ちの扱い)
以上の様な警察の医療への介入を、損保会社は利用しているふしがある。医師が2通の診断書を書くことはまずないので、損保側には強力な取引材料となる。2週間の診断書が先に提出されていれば、実際は治療に8ヶ月要したとしても認めてもらえず、損保側からは被害者が無理矢理治療を延ばしていると言われ、挙句の果てに、悪いのは被害者の方だとまで言われる。後から症状が出たり、長期間の治療を要したりすることが多い鞭打ちの被害者は、このシステムによって多大な損害を受けている。さらに、損保側は、鞭打ちの被害者に対し「債務不存在確認訴訟」を提訴して、加害者側が被害者側を逆提訴するという悪しき現象までも生んでいる。
B 民事裁判の影響
以上の事実は民事訴訟にも当然影響する。医療現場への警察の介入を知らず、教えられても理解しようとしないと思える裁判官は「診断書」を治療期間の正しい証拠としてしまうであろう。実際の治療に8ヶ月要しても、加害者に刑事処分がない場合には、2週間以内の診断書に証拠能力を認め、被害者の「治療に8ヶ月かかった」という言い分を聞き入れてはくれない。今日の形式的な交通民事裁判では、それが自然な流れとなっているのである。