5 業務上過失致死傷罪の非犯罪化 

(1)非犯罪化をした国の責任 
 H5年頃は被害者数の増加が顕著となっていました。被害者数が増加しているのに検察庁や法務省は起訴率を減少させる非犯罪化政策を、なおとり続けました。どうしてこの政策を法務省が同意し、その後もこれを徹底しようとしたか、真の理由はわかりません。厳罰化から非犯罪化への方針転換の真の理由は、堆積した事件数を少なくするための事務的理由です。「命を守る検察の使命」との引換えは役所の都合です。交通三悪に対する方針が確立した頃、国が「厳罰化は止めます。刑を軽くします」としたのです。国家刑罰が朝令暮改であってはならず、筋の通らない話ですが、交通検察はあまりに忙しく、多くの事件が積み残されたため、簡単な基準で事件を減らそうとしたのです。平成5年の犯罪白書の指摘は検察の都合を言い訳する法務省の「身内びいき」です。非犯罪化は検察事務の効率化のため考え出されたもので、人の命や身体の犠牲によって成り立つ事務効率優先の不当な政策です。

(2)非犯罪化の諸相 
 交通事件の非犯罪化は公判とすべき事件を公判とせず罰金にしたり、公判とすべき事件を不起訴とすることです。

業務上過失致死傷罪の刑の運用の実情(実刑率等) 
 平成17年の業過致死傷罪の検挙件数90万件でした。起訴率は11.2%です。平成16年度の実刑者は913人で、H17年の検挙件数90万人と単純に比べた実刑割合は0.1%です。警察の検挙事件は、全件送致により検察庁で受理されますから、起訴は1割です。うち裁判となるのもその1割(他は略式による罰金)で、実刑はさらにその1割。
 検挙件数に対する実刑率は0.1%となり、人身事故を起こしても1000人に1人しか実刑となりません。実刑率の外国との比較ではフランスの10分の1、韓国の4分の1です。「加害者天国ニッポン」の実情です。あまりに刑が軽く、被害者遺族は癒されるはずがありません。 (なお危険運転致死傷罪の実刑者はH16年度86名です。)

業過の刑を外国の刑と比較 
 フランスは自由刑との併合であり、自由刑も罰金刑も科せられます。罰金のみは日本だけです。フランスの実刑率は日本の10倍。韓国は4倍です。日本の実刑率を外国と比べたら異常に低いのが実情です。罰金も低額でしたが、ようやく上限が50万円から100万円に引き上げられました。

業務上過失致死罪の刑を傷害致死罪と比較したらどうか 
 2001年当時ですが、通常第1審の刑事公判事件の実刑数について傷害致死罪とを業務上過失致死罪と比較すると2年以上の実刑は傷害致死罪では多数あるのに、業務上過失致死ではほとんどありません。業務上過失致傷罪と過失致傷罪との比較でも過失致傷罪の方が刑は重いのです。交通犯罪を軽く扱っている風潮です。

(3) 非犯罪化の弊害 
 今や、不起訴事件は9割を占めます。一旦不起訴となった事件は、遺族が調査したり署名を集め、不服申し立てで、検察が起訴し公判となる事件もあります(片山隼君事件)。隼君事件の検察の求刑は禁固2年でした。検察は重大事件を不起訴にしていたのです。被害者遺族が不服申し立てや、捜査再開を言わないと死亡事故も不起訴となるのです。
かかる非犯罪化は、さまざまな弊害を招きます。

@ドライバーのモラル低下と被害者の増加 
 緩刑化によって交通事故犯罪は原則処罰を受けないので、ドライバーの順法意識が失われモラル低下です。そのため交通犯罪も増えることとなりました。

 起訴率緩和策によって事故と被害者数は大幅に増加するようになりました。昭和61年以降、特に顕著で、かつての政府の防止目標の100万人を突破し、110万人も超えました。起訴率低下は被害者数増加のグラフと反比例する形です。

A警察や検察の捜査の士気やモラルの低下 
警察 
 非犯罪化が捜査現場に与える影響は深刻です。事件数の増加は結果的に警察の捜査能力の限界を生み、やる気の喪失を生みます。警察は全件送致主義を前提に捜査を行ないますが、一生懸命に捜査しても1割しか起訴されないのですから達成感がありません。死亡事故でもきちんと捜査すると思われない雰囲気があります。目撃者を徹底して捜す態度はなく、目撃者がいても加害者の供述どおり調書を作成して事故を処理する傾向にあります。

警察の士気低下の証拠 

  1. 警察官へのアンケート(日経新聞 平成11年6月26日朝刊)
    平成11年に警察庁が行なった交通警察官のアンケート調査です。
    「ストレスがたまりやすい」(93%)
    「仕事に対する評価は他に比べて低い」(86%)そして、
    「どんなに丹念に捜査しても大半は起訴されない現場警察官の本音がある」と結んでいます。
  2. 警察の士気喪失の裏付け(平成13年版犯罪白書)
    ひき逃げ犯の検挙率は昭和63年までの80%以上が、平成17年の27%まで激減です。
    やる気が失われている証拠といえます。
    なおひき逃げ犯は顕著に増加(H11年の9千件が17年には1万9千件に倍増)です。
  3. 警察官の数が交通事故増加と比較して、ほとんど増加していない。

検察の士気も低下しています 
 平成5年版犯罪白書の251ページで指摘があり、死亡事故の起訴猶予率は昭和61年以降9年で10倍。死亡事故で加害者が起訴されない割合は9年間で10倍も増えています。
 起訴率緩和策は死亡事件でも大幅な緩刑化を招き、検察内に死亡事故も起訴しない風潮が急激に広まった証拠で検察の士気は低下しています。

現職検事、OB検事らの現場の声があります 
 産経新聞特集部による著書「検察の疲労」で検察内部の感想があります。「業務上過失事件は、捜査から撤退したとはいえ、警察から送致されれば、捜査しなければならないのに、実際はほとんど捜査を行わないで不起訴処分にしてきた傾向が強い。不起訴処分のうち30%は真剣に捜査をすれば、起訴できる事案である。」と。